嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』
おれは自分が持ってきた懐中電灯を拾い上げて、その辺の枝に吊るした。
準備のいいことに、おれは他にもウェットティッシュやライターなどの証拠隠滅便利グッズを持ってきている。偶然にも。凶器は持ってなかったけど。
何者かが暴れた痕跡は放おっておこう。地面と周囲の木に残ったもの。
通報は後片付けが済んでからだな。少女の遺体を放置するのは心が痛むけど、しょうがない。どうせ生き返りはしないんだから、ほんの十分ぐらい発見が遅れたって一緒だ。
いや、その前に。斎藤の奴に釘を刺しとこうか。携帯が圏外じゃなければ。
□三、この日常パートはフィクションです
誘拐される以前にも、彼女の存在は知っていた。綾部一家はおれのご近所さんだった。彼女らは丘の上の団地住まいだった。おれの家は市街の一軒家だった。町内会が違ったので、時々すれ違う程度の関係から始まった。
彼女は別に死体を掘り返すのが趣味な女の子ではなかった。ごく普通の、よくいる家族想いの、可愛い娘。母子家庭で苦労している健気な子供だと周囲の大人は評した。
確か、三年生か四年生の頃の遠足でペアになって一緒に歩いた。下の学年の子の手を引いて歩くっていうイベント。その時に友だちになった。
あれ、ペアになったの、あーちゃんだったっけ? 違ったかもしれない。考えてみれば、手をつないで一緒に歩くイベントで女子と男子で組むのはおかしい。小学生の分際でちょっと気が早い。記憶が食い違っている。何人かと集団で歩いていた。その中に間違いなく彼女はいた。ペアじゃなかった。
記憶なんてあてにならない。でもその時、友だちになった。それは間違いない。
話をした記憶がある。山道を登りながら。
兄ができるかもしれない……って、その当時、彼女の母親は再婚を控えてるって言っていた。だからそれで、お兄さんが出来るかもしれない、と嬉しそうに言った。
「でも、秘密です」
「もう会ったことあるの?」
と聞くと、ニヤっと口元を上げて、
「秘密、です」
含み笑いをした。嬉しそうだった。
「誰にも言ってないです」
「おれはいいの?」
「んん」
首を傾げた。
「ん。関係ない人なので」
嬉しそう、だった。
それが切っ掛けで、学年が違うのに一緒に遊ぶようになった。学校でも遊んだし、公園でも遊んだ、どちらかの家に集まることもあった。
その頃は壊れていなかった。そしておれも、無関係の他人だった。
そして現在の所、犯罪者。死体遺棄の実行犯、現行犯。おれの知る限りの情報。
殺人犯ではない、はずだ。それだけは昔から信じているし、知っている。
つまりこれが、『あーちゃん』なる人物像なのだった。
その昔はただの少女、それから誘拐の被害者、その犯人殺害の容疑者、そして今は誘拐と殺人の容疑と死体遺棄の現行犯。
彼女がこのように破綻しているのは、たぶんきっと不甲斐ないおれのせいだ。だからちょっと大変だけど、これからは彼女を社会的に守らないといけない。罪悪感を礎にした責任感である。
とは言え閉じ込められた暗い部屋と暴力によって形成された記憶は、おれも同じ。だじゃらどうせおれも壊れている。一緒一緒。
壊れ方は、若干違うみたいだけど。
「あーちゃん、言っておくけど、あれは犯罪だよ」
「どうして死体遺棄なんてしてしまったんだ」
「でも殺したのはあーちゃんじゃない。信じてるよ」
ひとりごとだ。あーちゃんは眠っている。
後片付けに手間取ったおれは、あのあとあーちゃんに追いつくことはできなかった。
家に戻ってきたら、既にあーちゃんはベッドの中。着替えもせずに、汗と泥まみれのジャージで、真っ白いベッドの中だ。静かな寝息を立てている。
困った。シーツが泥だらけなのはいい。そんなのは明日洗えばいいだけだ。あーちゃんのための家事なら、別全然苦にならない。洗濯とかしたことないけど。とにかく洗えばいいんだよね。洗濯機を使っている人なら、見たことがあるから大丈夫。
おれが困っているのはあーちゃん自身が泥だらけのままでいることだ。明日の朝、シャワーを浴びさせればいい。それはそうだ。でも、その前に、警察が自重聴取にやってきたら、言い逃れなんて一つもできない。ほとんど現行犯逮捕で、やってもいない殺人罪まで問われるのが当然の成り行きだろう。
何しろ既に死体は明るみに出たわけで。夜中に外を歩き回っていたあーちゃんの目撃証言もある。今晩中に警察が証言を集めきれるわけがない、と言うけど、ね。
おれも事情聴取、あるかな。
疲れた。
おれは真っ暗なベッドサイドに突っ立ったまま、ぼうっとあーちゃんの顔を眺めては、ため息を吐いた。
白いベッドに青白い顔。あーちゃんは、痩せている。整った顔をしている。可愛いけど、女の子から見たらそれも一つの理想かもしれないけど、おれから見たらちょっと病的な細さ。
滑らかな薄い皮膚の下に、細い血管が見える。青黒い管がか細く繋いでいる。
……もう長く無いのかもしれない。
というのはおれの勝手な妄想。
さっきの森の中で動きまわってたのを知ってるから、彼女が病弱だとは全く思わない。でも、この痩せ方って、大丈夫なのかな。ちゃんと食べてるのかな?
生きたいために生きているんじゃなくて、生きないわけにはいかないから生きている、んだろう。
というのもおれの勝手な解釈。自分、と重ね合わせての推測・考察。
弱い寝息が正しい間隔で断続的に聞こえる。
おれはかつて同じ境遇、今は別の彼女に、自分を重ね合わせている。
その冷たそうな頬に触れようと手を伸ばして、思いとどまった。
やめなさい、って。
おれには斎藤タカ丸くんとの約束があった。おれはへーくんで、あーちゃんの保護者だ。それだけだって。
ベッドから離れて、その隣の白いソファに倒れこんだ。
堅い。偽物(多分)の革が冷たい。手足を伸ばすとはみ出る。どうにか収まろうとすると、不自然な格好になる。おれはいつの間にか結構でっかくなった。小学校の頃は皆同じぐらいの背丈だったのに。
今日は……いや、これからは、多分このソファがおれのベッドってことになるはず。慣れないと。病院のベッドより寝づらいだろうけど。
眠れない、覚醒しきったた目玉で真っ白い天井を見上げた。
白いあーちゃんと白い天井と、それ以外も全部真っ白い部屋。生活に必要なもの以外、何も無い。
分厚い雨戸を閉めきった窓に、白いカーテン。その隣に、あーちゃんが眠る一人分のベッド。足元の壁に、小さいクローゼット。その扉に、制服と通学鞄がハンガーにかけてある。ベッドと並べて部屋の真ん中におれのソファ。ソファの前に、ガラスのテーブル。その向こうの壁に、テレビを置くためのくぼみがあって、そこにはちゃんと大きなテレビが置いてある。それだけ。
これは変な間取り、らしい。おれにはよくわからないけど。
そもそもこの部屋は一軒家の中のリビングに当たる部屋で、カウンターに区切られてシステムキッチンがくっついている。
あーちゃんの生活圏はほぼこの部屋である。一人暮らしなら確かにそれで事足りそうだ。でも、それなら何も一軒家じゃなくたっていいだろう。
作品名:嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』 作家名:浦門壮一