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D.C. ~ダ・カーポ~【同人誌サンプル】

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「香穂子ちゃん……?」
 急に押し黙った香穂子の横顔を覗き込んで、美夜が不安そうに唇を震わせる。
「いえ……」
 心配は要らないという香穂子の言葉は、室内に飛び込んだけたたましい足音によってかき消された。
「――おっ、目ぇ覚ましたんだな」
 聞き覚えのあるその声に、香穂子の心臓がぎゅっと縮まって、動悸が激しくなる。
「金澤君、保健室よ。もっと静かに入って頂戴」
 小言を口にする美夜の視線を追い掛ければ、音楽科の制服を着た「若い」金澤紘人と目が合った。
 形の良い顎に無精髭は生えていないし、ウェーブの掛かった癖の強い頭髪は、きちんと切り揃えられている。
「あ……」
 身体中の血液が顔に集まって、猛烈に火照り出す。恥ずかしさに耐えきれず、香穂子は俯いてしまった。
「良かった。もう起きられるんだな……何だか俺のせいで調子悪かったみたいだし、付き添うって言ったんだけど、美夜に追い出されてさ……」
「当たり前よ。金澤君みたいな危険人物と彼女を二人っきりにしておくなんて、飢えた狼の前に子ウサギを置き去りにするようなものよ。できるわけないでしょう」
「うわ、ひっでぇな。俺がここまで運んでやったのにさ」
「せん……先輩が?」
 思わず上げてしまった香穂子の顔をじっと見つめて、金澤が不敵な笑みを浮かべる。
「お前さ、軽すぎるぞ。ちゃんとメシ食ってるか?」
「――この唐変木! 女の子にそういうこと訊くんじゃないわよ。デリカシーの欠片もないわね……こんな男がモテるなんて、理解不能だわ……」
 歯に衣着せぬ美夜の物言いに、香穂子は赤い顔のまま目を丸くした。
 清楚で可憐なお嬢様風の外見に反して、その気性は意外にも激しそうだ。だが、親身になって香穂子の心配をしている様子は、ありありと伝わってくる。
「あのっ、先輩……今は何年の何月何日ですか?」
「なんだ? お前、どっか頭でも打ったのか? まさか記憶喪失とか言わねーよな……笑えないぜ」
「どうか教えてください。お願いします」
 香穂子は真剣な面持ちで金澤に詰め寄った。
「昭和六十二年の五月二十日だ……それがどうした?」
 茶化そうとした男子生徒は、ばつの悪い顔で首の後ろをかきながら答える。
「しょうわ……」
 香穂子の暮らしてる時代と、明らかに年号が違った。
「六十二年……その……西暦だと……」
「昭和」は「平成」の前の年号である。パニックを起こしている香穂子の頭では、思うように西暦変換ができない。
「一九八七年ね」
 この質問には、美夜がさらりと返した。
 動揺しすぎて失念していたが、昭和六十二年といえば、香穂子の生まれた翌年だ。引き算をすれば、十六年前ということになる。
「そんな……私……」
 リリの「奇跡」は、予測できない形で実現した。
 金澤と美夜が結託して香穂子を騙していなければ、おそらくここは、十六年前の星奏学院ということになる。
 香穂子の恩師である金澤紘人は、三十三歳。十六年前であれば、単純計算で十七歳だ。
 名前、容姿、声、年齢――二人が同一人物であることを否定する要素は、もう何処にもなかった。
(……何が「少しだけ」よ。ファータにとっては、十六年が少しなわけ……?)
 思わず心の中で悪態をついてしまう。
 確かに「奇跡」を望んだのは、他ならぬ香穂子である。だからといって、この仕打ちはあんまりだ。
「香穂子ちゃん……?」
 再び口を閉ざした香穂子を気遣って、美夜が声を掛ける。
「あー、そんなにキスしたのが、ショックだったのか?」
「キス……? やだ、やっぱりちょっかい出してるじゃない! この害虫男っ!」
「やべっ、黙ってりゃよかった」
「金澤君……私、前から最低だと思っていたけど、ゴミ以下のクズ虫ね。香穂子ちゃんに謝りなさいよ。謝って済むような話じゃないけど、それでも誠意ってものが……」