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D.C. ~ダ・カーポ~【同人誌サンプル】

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 ――これこそ夢だ。
 ――夢であって欲しい。
 ――いや、夢でなければならない。
 
 金澤と美夜の漫才のようなやり取りを聞き流しながら、香穂子は今後について、脳内でシミュレートする。
 洗いざらい、正直に話すべきだろうか。
『――私、十六年後の未来から、タイムスリップして来たんです』
 こんなトンデモ話、いったい誰が信じるというのだ?
 正気を疑われるどころか、下手をすれば、そのまま病院送りだ。
(でも、さっきコンクールがどうのって……)
 幸いなことに、二人は――少なくとも金澤は、確実に――学内音楽コンクールの出場経験者である。
 経験者であれば、真の主催者たるファータの存在は、熟知しているはずだし、魔法の存在を否定することもないだろう。
 ――だが、金澤の件はどうする……? 
 仮に本人に伝えるとしても、慎重に言葉を選ばなければならない。考えなくてはならないことが多すぎた。
「……あ、私のヴァイオリン……」
 それは、ある種の現実逃避だったのかもしれない。
 香穂子は思い出したように呟いて、周囲を見回す。
 時間を遡る前、確かに持っていたはずの鞄とヴァイオリンケースが何処にも見当たらなかった。元の時間に置いてきてしまったのだろうか。
「香穂子ちゃんの荷物なら、ここにあるわよ」
 美夜がカーテンを引いて、隣の空きベッドを指し示す。
 布団の畳まれたベッドの上には、香穂子のスクールバックとヴァイオリンケースが鎮座していた。
「驚いたわ……あなた、ヴァイオリンを弾くのね」
「へぇー、普通科だってのに珍しいな」
 ハードタイプのヴァイオリンケースに向けて、無造作に伸ばされた金澤の手を、美夜の白い手がぴしゃりと払う。
「いてっ……」
「金澤君、女の子の持ち物に勝手に触れちゃ駄目!」
 不躾な級友を窘めて、取り上げたケースを香穂子に渡した。
「すみません……ありがとうございます」
 香穂子は膝に載せたワインレッドのケースを開ける。中からヴァイオリンを取り出して、状態を確かめた。
 実際に弾いてみないことには断定できないが、外から見る限り、破損しているような気配はない。
「……素敵なヴァイオリンね」
 安堵の溜め息を漏らす香穂子の横顔を見つめて、美夜が微笑んだ。
「頂いた楽器なんですけど、とても気に入っています」
 ――香穂子に基礎を叩き込んだ魔法のヴァイオリンは、金色に輝くE弦だけを残して、壊れてしまった。
 今、香穂子が手にしているこのヴァイオリンは、魔法のヴァイオリンの弟分にあたる、ごく普通のヴァイオリンなのだと、リリは説明した。
 弾き始めの頃は、思い通りの音が出せなくて、絶望的な気分に陥ったものだ。投げ出そうと思ったこともある。
 しかし、地道な練習を重ねるうちに、ヴァイオリンは徐々に謳い出し、自分がイメージする音に近付いていった。補助輪の取れた自転車を乗りこなすようなものである。
「――そうだ、リリ! ファータならきっと分かるはず!」
 この怪奇現象の原因が、リリの起こした「奇跡」であるのならば、当人に直接会って確かめるのが、一番確実で早い。
「リリ? 香穂子ちゃん、リリを知ってるの?」
「はぁ? 羽つきがどうかしたってのか……ってお前、コンクール参加者だったのか!? いや、だったら俺たちを知らないはずがないし、どうなってやがる……?」
 時計の針は十七時十五分を指している。いつの間にか陽が傾き、窓の外が茜色に染まり始めていた。
 下校時刻は十八時――もう、猶予は残されていない。
「すみません。詳しいことは、後できちんとお話します。私、リリと話したいんです」
 そう言って香穂子は、ベッドの足下で丁寧に揃えられていた革靴を履いた。
「今日はもう遅いわ。リリと話すのは、明日にしましょう。家に帰ってちゃんと休んだ方がいいわ」
「そうだよ。お前、具合悪いんだろ。無茶するなって」
 引き止めようとする金澤に、香穂子は首を振る。
「……明日じゃ駄目なんです。どうしても今日のうちにリリと話さないといけないんです。行かせてください」
 明日を迎えたくても、今の香穂子には、帰る家がない。
 何としても「犯人」に会って、自分が置かれた状況を正確に把握しなければならなかった。
「香穂子ちゃん……」
「大切な話があるんです。お願いします」
 鬼気迫る香穂子の形相に、美夜は気圧されるように頷いた。
「分かったわ……ただし、私たちも付き合うのが条件よ」