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D.C. ~ダ・カーポ~【同人誌サンプル】

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 十六年の時を遡った前庭にも、妖精像は健在だった。
「――リリ! いるのなら姿を見せて! あなたに大切な話があるの!」
 香穂子は黄金の妖精像の前に立つと、祈る気持ちで声を張り上げた。
 姿消しの魔法を使っているファータの姿を、肉眼で見ることは叶わない。それでも自分の声は聞こえているはずだ。
「リリ、お願い。出てきて!」
 香穂子の声に呼応するように、金色の光が宙に出現し、渦を巻く。勢いよく弾けた光の中心から、見知った顔の妖精が飛び出した。
「……吾輩を呼んだのは、お前か? んんっ……!? 見慣れない顔だな。お前はコンクール参加者ではないのだ」
「私は日野香穂子。この時代のあなたに会うのは、初めてだと思うけど……私は多分、あなたの力で未来の――十六年前の世界から飛ばされてきたの」
「ミライ、未来……? おおっ、なんと……未来の吾輩は、そのような力を持つのか! 素晴らしいのだ!」
 妖精はアメジストの瞳を輝かせて、歓喜の声をあげる。
「……でも、十六年前なんて困る! リリ、お願い! 私を元の時間に戻して!」
 香穂子は胸の前で両手の指を組むと、懇願の眼差しで、アルジェント・リリを見上げた。
 自分でそう望んでおきながら、一方的な取り消しを相手に要求するのは、ただの身勝手である。
 しかし、予測を遙かに凌駕した結果に直面してしまった今、他に解決方法が思いつかなかった。
「未来――!?」
「本当なの、香穂子ちゃん?」
 肩を並べた金澤と美夜が、驚愕の声を漏らす。
「はい、私が住んでいるのは、西暦二〇〇三年の横浜です」
 香穂子は自分が断言できる事実のみを口にした。
「二〇〇三年? それって、二十一世紀じゃねーか!」
「十六年後の横浜……? ちょっと信じられないわ」
「信じられなくても、本当なんです」
 ――果たして自分が未来の世界の住人であると、どうやって彼らに証明すればよいのだろうか。
 誰もが納得できるような、簡単で確実な手段はないだろうか……?
「あっ、そうだ……」
 香穂子は制服のポケットに手を入れた。サルのチャームの付いた小銭入れを取り出すと、数枚の硬貨を掌に広げる。
「先輩、これを見てください。年号のところです」
 十円玉の裏面が見えるように広げたそれを、金澤の眼前に突きつけた。
「ん……? たいら……」
「これは『へいせい』って読むんです。『平成』は『昭和』の次の年号です。二〇〇三年は平成十五年になります」
「本当だわ、こっちは『平成八年』って刻まれてる」
「あれ、この五百円玉、色が違うぞ」
「はい。偽造防止のために材質が変わったんです」
 硬貨の偽造は容易ではない――それ以前に重罪だ。
 まだ見ぬ未来の年号を見せつけられたことで、二人は香穂子の話を信じる気になったようだ。
「うむむむむ……吾輩の力でお前が時間を超えたというのであれば、それはとてつもなく凄いことなのだ。我々ファータの歴史に残るイギョウに違いないのだ」
「そんな人事みたいに……」
 腕を組んでしきりに感心するリリを、美夜が批難する。
「仕方がないのだ……日野香穂子、残念だが今の吾輩には、そのような力はないのだ。ヒトゴトなのだ」
「ええっ、過去に飛ばせたんだから、未来に……元の時間にだって戻せるんじゃないの……?」
「吾輩、ソウリツシャとの約束で、長い間この学院を見守ってきたが、そのような話は聞いたことがないのだ」
「嘘……」
 唯一の希望の糸が断ち切られ、香穂子はがっくりと肩を落とした。
「リリ、何とかならないの? 知らない時代に取り残された香穂子ちゃんが可哀想すぎるわ」
「そうだ、羽つき。自分の取った行動には責任を持て!」
「お前がそれを言うか、金澤紘人。お前の数々のアクギョウは、吾輩の耳にもよーく届いているぞ」
「うっせー、今は俺のことはどうでもいいだろ」
 妖精は腕を組んだまま瞼を閉じると、二対の透き通った羽を羽ばたかせながらふわふわと上下した。リリなりに何かを考えているらしい。
「しばらく待つのだ。吾輩、上と掛け合って来るのだ」
「上……?」
「これはゼンレイのない緊急事態なのだ。吾輩の力だけで解決するのは不可能なのだ……だから、妖精王様の元に行って話をしてくるのだ!」
 フェッロ、ラーメ、アルジェント――ファータの世界にも階級があるという話を、以前、聞いたような気がする。
「王」というぐらいだから、一番偉いのだろう。
「でも、もう下校時間に……」
「それなら問題ないのだ。妖精界と人間界では、時間の流れる速さが違うのだ……十分もあれば、大丈夫なのだ!」
 妖精は、依然、不安そうな目を向ける香穂子にそう言い残すと、光の粒をまき散らしながら消えてしまった。
「あっ……」
 咄嗟に伸ばした香穂子の指先が、虚しく宙を掴む。
「ねぇ、香穂子ちゃん。リリが戻るまで、あそこのベンチで待ちましょう。金澤君はジュースを買ってきて……もちろん、あなたの奢りでね」
 妖精像を囲むように設置されたベンチを一瞥して、美夜がさらりと言った。
「はぁ……? 俺が? 何で?」
「ふーん、乙女の唇を強引に奪っておいて、そういう口答えするんだ?」
「……へいへい。この時間じゃ、自販機しかねーな」
 口を尖らせる金澤だったが、美夜の容赦ない切り返しにぐうの音も出ない。大袈裟な溜め息をつくと、自動販売機を求めて普通科校舎のエントランスホールに向かった。