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D.C. ~ダ・カーポ~【同人誌サンプル】

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 放課後を迎えた星奏学院・高等部の構内は、普段にも増して賑わっていた。
 およそ一ヶ月半に及んだ学内音楽コンクールの興奮は、審査会であるセレクションを重ねる毎に盛り上がり、最終セレクションを終えたばかりの今がピークである。
 各セレクションの開催日は、自由登校日に設定されているが、最終日となったこの日は、殆どの生徒が、コンクールの結果を自分の目と耳で確かめるべく、登校していた。
「コンクール速報でーす!」
 妖精像の建つ前庭では、報道部の腕章を嵌めた女子生徒が、声を張り上げながら、コンクール結果をまとめた号外を配っている。
「はいっ、どうぞ!」
 幽鬼のような足取りで、中央の通路を横切ろうとした香穂子の胸元にも、それは半ば強引に押し付けられた。
「あ……」
 涙でくしゃくしゃになった顔を伏せていたお陰で、報道部員に自分の正体を気付かれなかったのは幸いだ。
 紙面を大きく飾るのは、最終セレクションで一位、そして総合優勝に輝いた、月森蓮の英姿である。日野香穂子の名前は、最下位欄に小さく載っているに過ぎない。
 香穂子はそれ以上、記事に目を通すことなく、大勢の生徒たちが行き交う前庭を足早に立ち去った。


 ――これといって明確な目的が、あったわけではない。
 しかし、気がつけば、香穂子はそこに足を伸ばしていた。
 森の広場――名前が示す通り、かつては森だった敷地の一部を切り拓いて作られた、憩いの広場である。
 方々に生い茂る緑が、学院内の喧騒をすべて吸収してしまうのか、周囲は静寂に満ちていた。 
 香穂子は、花壇を囲むように設置された――女子生徒たちのお喋りや、昼食時に活用されている……石のベンチには見向きもせず、ひょうたん池を越えて、高い樹木が目立つ広場の外れへと足を進める。
 生い茂る若葉のトンネルを潜った先にある日溜まりが、『彼』と猫だけが知る『お気に入りの場所』だった。
「先生……」
 金澤紘人――学内コンクール担当で、普通科の教鞭を執る音楽教師は、職業に反して「面倒だ」が、口癖の男である。
 そのくせ実は面倒見が良く、コンクール参加者に選ばれて、右も左も分からず戸惑っていた香穂子に、音楽の基礎や、楽器との関わり合い方を丁寧に教え説いてくれた。
 いつの間にか住み着いた野良猫に餌を与えては、他愛もない話をする金澤の幻影が、目の前の景色に溶け込んでいく。
 皺の寄った白衣に包まれた、猫背気味の広い背中。素足にサンダルを突っ掛け、癖の強い長髪は無造作に束ねている。顎は無精髭に覆われ、耳朶にはピアス――何処を取っても教師にあるまじき風体だった。
「……っ、どうして……」
 香穂子はヴァイオリンケースを抱えたまま、芝生の上に、ぺたんと座り込んだ。陽射しで暖まった若草のむっとする臭いが鼻腔を刺激する。
「……う、うっ……っく……」
 この場所であれば、他の生徒の目を気にする必要もない。
 ようやく香穂子は、声を出して泣くことを赦された。
 惨敗で終わったコンクールの結果よりも、ありったけの想いを籠めて奏でた『愛のあいさつ』が、金澤に届かなかったことが、自分を迎えに来てくれなかったことが、辛かった。
 通じ合えていたと思っていたのは香穂子の錯覚に過ぎず、自分だけが舞い上がっていたのだろうか……?
「……うぅっ、ひっく……せんせ……」
 一度、心の箍が外れてしまえば、もう留める術を知らない。
 香穂子の咽び泣く声だけが、木立の狭間に響いた。