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D.C. ~ダ・カーポ~【同人誌サンプル】

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         ◇  ◇  ◇

 森の広場に少女の嗚咽が響き渡る。
 悲しみの雨は、一向に止む気配がなかった。
「――日野香穂子」
 滲んだ視界の中心に、黄金色の光の帯がゆらめいて、やがてそれは渦を巻いて集束していく。
「リリ……」
 香穂子が名前を口にすると同時に光が弾け、中心から勢いよく妖精が飛び出した。
 アルジェント・リリ――星奏学院を受け持つ音楽の妖精で、学内音楽コンクールの仕掛け人でもある。
 妖精は彼女に特別な楽譜を授けた。
「いったい、どうしたのだ……?」
「先生が……リリがくれた『愛のあいさつ』……想いを籠めて弾いたのに……最後まで全部、弾いたのに……でも、来てくれなくて……」
 香穂子は真っ赤に充血した目で、妖精を見上げる。
「……私の演奏、下手だったのかな。ちゃんと暗譜したはずなのに、何処かで間違っちゃったのかな……」
 想いを寄せる相手にのみ聞こえるはずの、特別な曲。
 奏でれば「奇跡」が起こると、リリは言った。
「いや、お前は見事にあの曲を弾きこなしていたぞ。あれは気持ちの籠もった、素晴らしい演奏だったのだ」
「じゃあ、どうして? 先生は来てくれなかったんだよ!」
 食いつくように香穂子が詰め寄ると、ふわふわと宙を漂う妖精は、腕を組んで考える素振りをする。
「うむ。問題があるとすれば、日野香穂子……お前ではない。金澤紘人の方なのだ」
「先生が……?」
「お前の演奏は、間違いなくあやつの心にも届いていたはずなのだ。吾輩には確信がある。悪いのは金澤紘人なのだ……ああいうのを『へたれ』と呼ぶのだろう?」
「へた……せ、先生のことを悪く言わないで! もしかしたら、何か事情があったのかもしれないし……」
 香穂子は悪態をつく妖精に批難の目を向けて叫んだ。
 そう思わなければ、あまりにもやり切れない。治まりかけていた涙が、再び溢れ出す。
「日野香穂子――吾輩はお前からたくさんの音楽をもらった。音楽は吾輩たちファータの力の源なのだ……だから一度だけ『奇跡』を起こすことができる。お前はそれを望むか?」
「奇跡……」
 香穂子の「奇跡」は起こらなかった。
 それをこのファータは、引き起こそうというのか?
「リリ……そんなことが、本当にできるの?」
 泣き腫らした目を擦って、香穂子は妖精を見つめた。
「結果が吉と出るか、凶と出るか……それは吾輩にも分からないのだ。もしかすると、起こさない方がよかったことになるかもしれないのだ。これからの日々を地道に積み重ねれば、お前の想いはいつかジョウジュするかもしれない……それでもお前は『奇跡』を望むか?」
「コンクールは終わっちゃったんだよ。もう、先生と会えないよ……私には会う『理由』がないもの」
 選択芸術に音楽を選んでいない香穂子と金澤の接点は、何もない。コンクールが終わってしまった今、他に選択肢は与えられていなかった。
「お願い。チャンスを頂戴」
「――分かった。では、吾輩の力を使おう! お前の時間を少しだけ昔に戻すのだ!」
 妖精は手にした杖を高々と頭上に振り上げて、宣言する。
 杖の先端に宿った光の輪が激しく輝いたかと思うと、香穂子の視界は白い光で閉ざされ、やがて何も見えなくなった。