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せめてこの手を離すまで

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 さらりとした手触りの青い髪に触れる、そのまま指で髪を梳いても一向に目を覚ます気配がない。私はそっと、彼が横たわるベッドの隣にある椅子に腰を下ろした。

 両腕でここまで抱えてきて、彼のそばへと置いていたすみれの花を彼に向けてそっと放る。ぱさ、ぱさりとかわいた音を立てて落ちていくすみれの花を見届けながら、ふう、とこぼれた吐息には何の意味があったのか。

「……まるで眠り姫のようだな」

 ぽつり、とこぼれた言葉は誰の耳にも届くことなく消える。たくさんのすみれの花に囲まれて、寝返り一つうつことなくただ昏々と眠り続けるその姿を見ていると、まるで自分がお伽噺の世界にでも迷い込んだような気分になるのだから可笑しいものだ。現実とはそこまで甘いものではないことなど、とうの昔から分かっていたはずなのに。

 ──見上げた天井には小さな穴が無数に開いており、鈍い太陽の光を静かに部屋の中へと投げかけている。私たちのいるこのとある廃屋の中、元は高貴な者が住んでいたのであろう部屋の古ぼけたベッドの上で、今日も彼は眠り続けている。

 なぜ私が、こうやってスミレの傍に寄り添い続けているのか。その理由は自分でも、よく分からないのだ。毎日のように外へ出かけ、咲いているすみれの花を少しだけ摘んで帰る。そうしてスミレの周りにそっとその花を放り、朽ちて色の変わった花弁を回収し。ただそれだけの繰り返しだ。

 飽きないのかともし訊かれたとしたら、飽きていないわけがないと私は答えるだろう。けれどなぜか、この繰り返しをやめられないのだ。

 しかし、私はなぜこんなことを続けているのだろう。こうやってすみれの花を周りにばらまけば、いつかスミレが目を覚ますものだと思っているのか? そんなことを考えているつもりはさらさらないのだが、理由としてはそれが一番近いのかもしれない。

 いつかその青く透き通った瞳を開いて、再び私の名を呼んで笑ってくれることを、まだどこかで期待している自分がいる。それは間違いないのだ、私はただその日を待ち続けること以外に何もできないから。

 ……そういえばどうして、スミレがこんなにも深い眠りに落ちることになったのか。その理由すら、もう私はよく覚えていない。
 けれど昔は確かに、スミレは私の傍で笑ってくれていた。それがどれくらい前のことだったのかも、もはや思い出すことができないが。

「……好き、だったのだろうか」

 実を言うと、私は人間の言う「恋」や「愛」という感情が理解できないのだ。必要最低限の感情データしか組み込まれていなかった私は、スミレと出会うまでは本当にただの人形だったと言っても過言ではないだろう。

 そんな私を変えてくれた存在を失いたくない、という気持ちはある。けれどそれが、そういった恋愛感情というものなのかどうかが全く分からない。

 確かに、スミレの傍にいるときはとても楽しかった。時間の進み具合が早く感じたりすることは日常茶飯事だったし、スミレが笑ってくれれば私も嬉しかった。だが、それが愛しいという感情に繋がるということがさっぱり理解できなくて。

 そしてもう一つ、私が理解できない感情が「悲しい」というもの。「嬉しい」の反対の気持ちですよ、とスミレに言われたことがあることは覚えている、嬉しいという感情を理解していてなおそれがうまく分からないというのだから変な話だ。

 ……となれば、私がここまでスミレに執着する理由とは一体何なのだろう。分からない、分からないんだ。
 改めてスミレの顔に視線を移し、私はそのなめらかな手触りの頬に触れる。まだほんの少しだけ体温を感じるところを見ると、スミレはちゃんと生きているのだ。ただ、その瞳を開くことがないだけで。

 悲しくは、ない。きっとそうだ、スミレは生きているのだから悲しくなんてないはずだ。それは分かりきった事実以外の何物でもない。けれどなぜ、なぜ今になって。

 ──涙が、出るのだろうか。

 ぱたり、ぱたりと落ちる水滴がスミレの頬を静かにつたい落ちる。それはまるでスミレが泣いているかのようにも見える、しかし実際に泣いているのは私の方だ。

 胸が潰れそうに痛い、どうして、どうして私は泣いているんだ?

 ……ああ、ああ。いつかスミレがその宝石のような目を開いて私の名を呼び、そっと頬に手を伸ばしてくれるのならば、そのためになら私はなんだってしよう。けれど何をすればいいのか分からないのも事実なんだ、どうしたらお前は目を覚ましてくれるんだ?

 分からないよ、何もかもが分からない。涙が止まらない理由も、お前がどうしたら目を覚ますのかも。それならば、芽生え始めたのかもしれない「愛しい」や「悲しい」というこの感情を摘み取ることをすれば楽になれるのだろうか。けれどそれをするには、お前を私の手で殺めなければいけないのだろう。

「……それだけは、できない……」

 絞り出すように発した声も、ぽろぽろと落ちる涙も、小さく小さく漏れる嗚咽も、それら全てがもはやどうでもよかった。私の世界の中心はスミレなのだ、それを自分の手で破壊することはできない。それは同時に、自らの存在意義を否定してしまうことと同じだから。

 ──ひび割れ欠けた私の顔は、熱を持たない真鍮の手指は、光を失った右の目は、まるで人間のように笑っていたお前とはとても似つかない。それでもつくりものの心は軋んで悲鳴を上げている、お前がもし目を覚まさなかったらと考えるだけでとても、とても苦しくなるんだ。

 これが「悲しい」という感情なのか? 私が泣いているのは、「愛しい」お前が目を覚まさない「悲しみ」のせいなのか?

 なあスミレ、こんなみっともない私のことをどうか笑ってくれ。理解できない感情に翻弄されて、ただ泣くことしかできない私のことを。




 ……この感情は愛だったと、諦められればよかったというのに。
作品名:せめてこの手を離すまで 作家名:ぺくた