【かいねこ】モノクロ/カラー
階段を上りきった先に、鉄の扉が見えた。
見るからに頑丈そうな扉には太い閂が掛けられ、さらに鎖で厳重に封じられている。
「えー・・・・・・どれだけ閉じこめておきたいんだよ」
中にいるのが可憐な姫人形ではなく、凶悪な化け物だったらどうしようと、若干腰が引けながらも扉に近づいた。
閉鎖された向こう側から、不自然なほど強い魔力を感じる。
・・・・・・ハズレだったらどうしようか。
扉を開けずに戻れば、主人は躊躇いなく自分を壊すだろう。どちらにせよ、このまま進むしかない。
「はーあ、俺は日頃の行いがいいのになー」
鎖にぶら下げられた錠は、鍵穴がつぶされていた。どうやら、二度と扉を開ける気はないらしい。
「あー・・・・・・面倒くさい」
ぶつぶつ言いながら、カイトは鎖に手を掛けた。口の中で呪文を詠唱すれば、高熱を帯びた鎖は真っ赤になり、ついには焼き切れる。
「さて、今お側に行きますよ、姫」
これで男だったら、死なない程度に殴り倒そうと心に決め、重い鎖を解いて閂を外した。手で押してもびくともしない扉に全体重を乗せ、無理矢理押し開く。鈍い音を立てながら扉が開いたその先に、鮮やかな髪色の少女が座っていた。
・・・・・・何だ、子供か。
その姿を目にして、カイトは内心落胆する。確かに、目を引くほど鮮やかな髪と目を持つ人形は美しいが、まだ幼い少女の姿をしていた。突然の侵入者に動ずる気配も見せず、少女はぼんやりと前を向いている。
「初めまして、お嬢さん」
声を掛けても、相手は前を向いたまま。嫌な予感がして、カイトは少女の前に回ると、膝を折って視線を合わせた。
「俺はカイト。君の名前は?」
相手の目には、何の感情も浮かばない。驚きも、安堵も、拒否さえも。
「・・・・・・いろは」
「いろは、外に出たい?」
一番手っとり早く簡単な取引を持ちかけるが、いろはは瞬きもせず、
「いいえ」
・・・・・・ああ、やっぱり。
心が壊れている、とカイトは判断した。
長い幽閉のせいか、元々失敗作なのか。原因は分からないが、このままでは契約を結べない。
カイトは立ち上がり、ぐるっと部屋の中を見回した。
何もない。家具も椅子もベッドも。小さな、窓ともいえない明かり取りが一つあるだけ。食事も睡眠も必要としない人形ゆえの、殺風景さ。
視線を落とせば、いろはの両手にはめられた、鎖つきの枷が目に入る。恐らく、足にも。
どんな極悪人なんだろうな、この子は。
あどけなさの残る顔は、無機質な作り物のそれだった。だが、先ほどから感じる強い魔力は、確かに彼女から発せられていて、主人が執着するのも理解できる。
これは、長期戦覚悟だな。
塔が崩れる前には終わらせたいと、内心溜息をついた。
今日のところは一旦引き上げようと、カイトは階段を下りる。振り返っても、いろはが追ってくる気配はない。
本当に出る気がないんだな。
あんな狭苦しい部屋にいて何が楽しいのかと考え、今の彼女にはそんな感情もないのだと思い至る。
はあ、面倒くさい。
欲望のない相手と、どう契約しろと言うのか。何も望まず、何も願わず、生きながら死んでいる相手と。
「とりあえず、何でも試してみますか」
痺れを切らした主人は自分を喰い、新しい人形を作るだろう。生きながらえたければ、獲物を運んでやるしかない。
カイトは諦めたように首を振り、夜の町へと消えていった。
作品名:【かいねこ】モノクロ/カラー 作家名:シャオ