あの夏、あの日、僕たちは 3
(「調子ば乗っとるわけじゃなか」)
(「そうか?」)
(「そう!九州二翼ば、すぐに全国に名ば轟くようになるけん」)
あの日、返すことの出来なかった、あの猛攻は、
(「まあ……いずれは、そうなるたい」)
(「お!桔平も調子ば乗っとっとー!」)
(「せからしか。そもそも、」)
(「ん?」)
橘よりも後方、ライン上ぎりぎりに、返された。
(「九州二翼ば言われちょるのは、「俺たち」やけん」)
(「……!」)
(「全国一になるこつば、当然やろ?」)
(「……おう!」)
二人で頂点を目指した夏が終わり、運命の日が来て、ふたつの翼は別たれた。
「……見事ばい」
けれど親友の笑顔は、あの夏の日から、ひとつも変わってはいない。
「ゲームセット、ウォンバイ千歳!7-5!」
ネット越し、久しぶりに橘と手をがっしりと組んだ。お互いマメだらけの掌は、相変わらずだった。親友の手は、ごつごつとしていて、厚みがあって、男くさくて、同性の自分から見ても、格好良い手だと思う。あの頃の千歳はこの手を気にいっていて、そしてそれは、矢っ張り今でも同じだった。
「千歳」
「……桔平」
周りの歓声も、何も聞こえない。今耳に入るのは、親友の静かな低い声。
「離れていても」
「うん」
「「俺たち」が、九州二翼ばい」
翼は裂かれたのではない。別たれたのではない。
彼は、自分は、それぞれもっと高みを飛ぶ為に、己の道を進んだのだ。
(俺は、きっとこん為に、テニスば続けとったんやね。)
どうしてあんなにも、テニスに執着したのか。どうしてあんなにも、力を求めたのか。どうしてあんなにも、強くなろうとしたのか。どうしてあんなにも、弱い自分が許せなかったのか。
「……おう!」
一年の時を経て、千歳はようやく、理解した。
(もう一度、君に会いたかった)
(もう一度、君とテニスがしたかった)
(あの夏、あの日の、僕たちに。もう一度だけでいい)
(会いたかったんだ)
作品名:あの夏、あの日、僕たちは 3 作家名:のん