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全身がさっぱりしたところで、俺達はスーパー銭湯を後にした。
何時もならリラックスルームで一眠りして、食事も摂ってと施設を満喫するのだが、この目立つ男を連れてそれは難しい。
そう思うとちょっとだけ残念な気持ちになる。
「ま、パス買ってあるからいいかぁ」
俺は歩きながら誰に言うとも無く呟いた。
シャアの入浴代は俺のパスを利用したのだが、安く購入できたのは同級生の隼人がこの施設の地主の息子だからだ。
「地権者扱いのチケットあげてもいいんだぞ」と言ってくれたのだが、いかにせんそれは図々しく思えて、ララァだけにその恩典を借り受けたのだった。
その代わりにと職員割引のパスを発行してくれたのだ。
「君はここを頻繁に利用しているようだが?」
使用中に何人もの職員や利用者に声掛けされては話し込んでいた俺を見て、シャアは思うところがあったらしい。
出る頃には少し不機嫌になっていた。
浴槽に浸かっていた時には大層ご満悦の表情をしていたのに…
「ああ。ここの地主が同級生でね。色々と便宜を図ってもらってるんだ。だから、足繁く通ってるし食事もマッサージも利用してお金を落としてる」
「これからは、食事やマッサージは私がする。だから他の者に身体を預けないでくれ」
半歩前を歩いていた俺の腕を掴むと、シャアは真剣な表情でそう告げてきた。
「…あのさぁ、異様なまでに目立ちまくってるって、自覚ある?」
俺は半眼になって周囲から浮きまくっている男を見上げた。
以前、ファッション関係の依頼を受けた際に、その依頼人から感謝の気持ちとして貰った、俺にはサイズが大きな洋服が、身体に調度良くフィットしている。
「あんたが、近所のスーパーで買い物籠下げてお買い物してる図、ってのが思い浮かばないんだけど…。それに、食事はララァが作ってくれてる。あんた…シャアの手を借りなくても問題ないよ」
「ならば、買い物は彼女に頼もう。だが、君が口にするものは私が作りたいのだ」
「シャアは料理が出来るのか? 正直、俺は才能ないよ? ずっと眠っていて、その前も侍女が居るような生活していたシャアに、料理が出来るとは思えないんだけど…」
「……覚える。資料を見れば、完璧に出来る! 私に不可能は無いのだ!!」
「ナポレオンかよ!? 無理して頑張ること無いぜ?」
「無理をしているわけではない! 私がしたいのだ。君の世話を! それが、かつての私の仕事でもあったのだから…」
「戦った相手なんだろ? 俺達。なのに何だってそこまで…」
「ようやく私は魂の飢えから解放されたのだ。君という存在に全身全霊をかけて立ち向かい、その果てに敗れた。その結果、君という存在を、仕えるに足る主を得たのだ。その充足感は言葉に出来なかった。だから…」
「俺がその存在だって? 信じられないよ。俺は25年前にこの世界に生を受けたんだ。まぁ、俺の中にもう一人の俺が居るって事は先刻知ったけどな」
「君は…」
「あ、着いた」
シャアが説明を続けようとしたが、ちょうど事務所兼自宅の建物に到着した為に、会話は一時中断となった。
「ただいまぁ〜、ララァ。すっきりした?」
俺は事務所スペースに入るなり在室しているであろう彼女に声を掛けた。
「おかえりなさい、アムロ。シャアさん。もっとゆっくりしてきても良かったのに…。食事の支度がまだ整っていないのよ?」
「そうしてしたいのはやまやまなんだけどさ。シャアが浮き過ぎてて落ち着かなかったんだよ〜。従業員も利用者もそわそわしちゃって…」
「無理も無いわね。最初の頃は、私の外見ですらそうだったんですもの。シャアさんではしょうがないのではなくて?」
「私の外見はそれほど脅威なのか?」
なんとなく傷ついたような声音が俺達の会話を途切れさせた。
「あの場所には、私のような髪の人種も多数居たと思うのだが…」
「あのさぁ、脱色した髪と天然モノじゃ違うんだよ。それに顔や瞳の色、体格もな」
「この外見は、君の意思が大きく係わっているのだが」
「俺の?」
「君の血を受けて私はヒト型を取り戻した。その際に、君の深層心理にある理想の外観をリーディングした結果なのだよ、この外見は。館でそう言った筈だが?」
「あら、やだっ。アムロったらヘテロじゃなくてホモだったの?」
料理をしながらララァがいきなり茶々を入れてきたが、その言葉に俺がプツンッとキレる。
「そんなわけ、あるかぁ〜〜!! 男だったらこんな風になりたいって理想に決まってるだろうが!」
「「残念(だ)…」」
「残念ってなんだ! 残念って!! ララァもシャアも!!」
「だって、シャアさんとアムロが並ぶとしっくり来るんですもの。なんと言うか、納まるべき所に納まってるって言う感じ?」
「ああ。私も今までとった外見の中で、一番元の自分に近いスタイルになれた。しっくりくる。…ああ、奇しくも先ほど棚上げしていた一件を解決する機会ではあるな。…そうだ、ララァ君。アムロが口にする食事は、これから私が作る事にした。彼の嗜好も含めて伝授して頂けるとありがたのだが」
「あら。私が楽できるって事? なんて素敵! よろしくお願いしますわね? シャアさん」
「シャアと呼び捨てで構わないよ、ララァ君。君ならね」
二人は俺を蚊帳の外において、仲良く自宅のキッチンスペースへと移動していく。
「何だか、今までの人生の中で一番疲労する一日な気がする」
俺は腹の底から息を吐き出し、事務所の応接セットにぐったりと懐いたのだった。
2011/08/03