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“なんか…苦しい…ってか、重い…動けない…”
深い眠りから浮き上がり、最初に感じたのはそんな事だった。
“ま、まさか! これが噂に聞く『金縛り』?”
そう考えるなり、眠気は一気に覚めた。
そろそろと目蓋を上げる。
“血だらけの、髪の長い女の人が覗き込んでいたりしたら嫌だな”
そんな風に思っていた俺は、目に飛び込んできたものに息を止めた。
朝日を弾く金色の髪に白い肌
髪より幾分濃い目の眉に密生した長い睫
すぅっと通った鼻筋に、少し開いたピンク色の柔らかそうな唇
“これが女の人だったならなぁ…。あの睫にマッチ棒、何本乗っかるかな”
暫し放心した後に、俺の頭に浮かんだのはそんな事だった。
俺はシャアに抱き込まれる形でベッドに眠っていたのだ。逞しい両腕は、まるで絡まりつくように俺の身体に回されており、これが重苦しさの原因と知れる。
「俺はテディベアじゃなっ……!!」
腕の拘束から逃れようと身をよじった途端、気が付いてしまった事に俺は完全にフリーズした。
それはもう見事に、頭も身体も
俺は全裸の男に抱き込まれている。
更には、その男の股間が……
股間が……
硬く勃起して、俺の太ももに押し付けられている。
「なっ! なんっ!! なんだっ!? これわぁ〜〜!!」
声を限りの絶叫を放てたのは、現状認識からゆうに5分は経過していた。
だが、俺の絶叫に素早く反応したのは、俺を拘束していた男だった。
「何事だっ!?」
寝起きとは思えぬ声と共に俺を深く抱き込むようにしてベッドに押し付けると、素早く周囲を見回した。
全身が警戒の為に緊張している。
俺の頭は硬い胸板に息が苦しいほどの力で押し付けられ、手足もしっかりとシャアの身体の下に匿われた。
「ちょっ! …く、くるしい…って」
「動くなっ! … 敵襲か!?」
ベッドの周囲にヴワァンと空気の蠕きが生まれたのがわかり、その先の景色は厚いガラス越しに見るような歪みがある。
「緩衝壁を張った。攻撃は…??」
「ち、ちがうって〜!!」
俺が少しだけ動かせる頭をシャアの胸に摺り寄せた事で、彼の緊張が解けた。
「あ、むろ?」
「敵襲でも攻撃でも無いんだって。腕の力、抜けよ。っていうか、頼むから俺の上からどいてくれ。圧死する」
「す、すまない!」
俺が上げる悲鳴めいた声に、シャアはバネ仕掛けの人形よろしく飛び起きると、俺の上から床へ飛び降りて片膝を付いた。
俺は派手な重石が外れた体を起こし、傍らに控えるシャアを見下ろした。
彼は頭を垂れるようにしている。意外な事に、勃起していた男の象徴はすっかり形を潜めていた。そして、その姿は主人からのお叱りを待つ忠実な犬の様に俺には見えた。
そんな姿を見ては、怒る気も失せる。
「シャアが俺を守ろうとしてくれたのはわかるけど、この世界ではやばい仕事をしているんじゃない限り、命を狙われるような出来事は起きないよ。俺が驚いたのは・・・・・・。俺、ソファーで休んだ筈だよな。何だってシャアに抱きしめられて・・・それも、全裸のっ」
「アムロをソファーに寝かせるなど、私に出来るわけが無い。きっと朝には身体が痛くなってしまうだろう? 私のせいで君にそんな思いを味わわせたくなかったのだ」
伏せていた顔を上げると、シャアは切々とそう説明した。
「親切心は嬉しいけど、何だって全裸なんだ? 裸族なのか? シャアは」
「裸族? 何だ、それは」
「常に全裸で過ごす一族の事。基本、着衣はしないで過ごしている人達。俺はちゃんと着衣をする風習の人種だから、シャアが裸族なら着衣要求をするけど」
「私も裸族ではない。ただ、就寝するときは着衣が息苦しいので、ほとんどの場合全裸だった。今回もそうしてしまったんだが・・・。不愉快・・・だったか?」
「シャアの嗜好をとやかく言う気はないよ。だけど、俺を抱きしめる事は・・・」
「昨夜、寝返りをして落ちたくないような事を言っていただろう? だから・・・」
にじり寄って来て片手を握り締めて言われると、何だか俺が悪い事したみたいに思えてくるから不思議だ。
「気持ちは嬉しいよ。でも」
「ありがとう」
パァっと晴れやかな笑顔を向けられて、その先に続けようとした苦情が喉元で堰き止められてしまった。
「アムロに感謝の言葉を言ってもらえて、私は幸せだ。
では今夜も一緒に休もう。大丈夫。私はアムロを落とすような事はけっしてしないと約束する。もし落ちそうなら、私が下敷きになってでも君を守る」
すっくと立ち上がって拳を握り締めて告げる内容は、実にありがたい事なんだが (ありがたいか?) 目の前に晒される男性の象徴のせいで目のやり場に困る。
「あ、のさ。力説は一先ず置いといて、・・・・・・早速、着衣要求をさせてもらいたいんだが」
たった一日で、俺は色々と諦めの境地になってきていた。
2011/08/18