Fate/fiction in library
両手を天秤にして、首を振る。青年はやhり、答えない。その様子に少年は舌打ちをした。
その直後、少年の眉が微かに動き、目から光が失われた。そして、少年は顎に手を当て、幾度か頷き、なるほどといった独り言をつぶやいてやや置くと、その瞳に光が戻った。
その後の少年に直前の不機嫌な様子はなく、まるで蜜を貪るような笑みで青年に振り返った。
「聖杯から連絡が来たよ。
大分怒ってたよ? ほんとなんてことしてくれたんだって。ほんとのことだけどさ、逆に君みたいなバカを呼び寄せちゃう聖杯も聖杯だと思わない?」
鼻で笑っただけだったが、そこでようやく青年は反応を示した。
少年は続けて、聖杯の連絡とやらを報告する。
「まず、コレ以上サーヴァント消したら、強制敗退だってさ。酷くない? 君がうっかりサーヴァント消しちゃったら、ボクも巻き添えとかヤだなあ。
あと、君が消した分のサーヴァントはちゃあんと補給するって。マスターの入れ替えはないけど、その間は聖杯の権限によって完全に保護されるってさ。ボク等のしたこと全然意味無いじゃん。これも超酷い。
言い訳もさ、七人のサーヴァントを倒すのは競うのも一つだが、第一は聖杯に英霊の魂を注ぐための儀式だから、ちゃんと神秘の宿った攻撃で殺さないとダメだなんとかって。そもそも、この聖杯戦争にそんなの要らないじゃん。聖杯が願い叶えますってすれば、今にだって聖杯を顕現できるのにさ」
最後に、そう思うでしょ? と付け加えたが、期待通りの同調の言葉はなかった。
少年は呆れたというふうに鼻で大きくため息を付き、
「こんなサーヴァントなんだから、ボクが頑張らないとなあ……」
そういって、部屋から去る。ひとつしかない出口のドアは錆びれて、押してもなかなかいうことを聞かない。
その背を見て、血だまりの青年は上体を起こして、あぐらで座る。ゆったりとした声で、ため息で終わらせた会話をほじくり返す。
一つ、それならと前置きし。
二つに、聖杯と名指しして、その小さな背に言った。
『ボクは――なにも悪くないってね』
青年の言葉の返答は、よく知った夫婦のように冷たいものだった。
◯
穂群原学園の校舎には誰もいないはずだったが、今は二つの駆ける音と一つの音がある。
縦横様々に、出来る限りの動きを努力する人の音と壁窓備品様々を、火炎と光の銃撃で破壊し、破砕する音とともに、縦横様々に移動する足音を追いかける足音とひとつの音だ。
前者の主は考えていた。サーヴァントから離れ、身を隠していたが、敵である少女に発見され、ここまで逃げたはいいものの、明らかに手詰まりで、校舎をぐるぐる巡るにつれて足場や道が減っている。距離もだんだん短くなり、動きを読まれ、鉢合わせのなる可能性も高い。このままでは追いつかれてしまう。
やがて、その答えに至った。そして、それは逃げるためではなく、倒すためでもない妙案であった。それは言わば、攻略するための案であった。
◯
とうとう追い詰めた。と言う声が、激戦を繰り広げる穂群原学園の校舎屋上にて発せられた。
続いて、もう逃げ場はない。と敵に対してか、自分に対してか分からぬ忠告が、同じ主から発せられた。どちらにせよ、勝利の確信によっての言葉であることは間違いなかったが、対峙していた少年、八ツ崎弦技は至って冷静だった。
その状況は決して優勢にはみえなかった。
少年は屋上の安全を守るための金網の柵をよじ登り、今し方、隔てていた危険区に足を踏み入れていた。
後方は崖、前方は手から火を吹く謎の少女。
全問に虎云々程ではないにしろ、絶対絶命のようであった。
しかし、それは違うと弦技は否定する。
金網の隔たりを介して見つめ合い、夜風に吹かれるその場所で、震える右手を押さえながら的を据える少女を見て弦技は確信する。
だが、少女は強気な姿勢を崩さずに言った。
「もしかして、自分で自殺するために校舎に逃げたのかしら? まさかその金網が盾になるからなんて思ってないわよねえ……?」
もちろん、彼女の言う理由ではない。弦技の行動の意図のまずひとつに、この風にあった。
この風によって狙いを定めにくくするのはもちろんであるが、いくつか弾丸を観察していた時、火炎は自らの熱で前進しているようだった。
渦を巻き、減速しながら、その火力を下げ、空気の圧にもみ消されるように消える。
そして、放つには一定の大きさが必要であることもわかっていた。約ピンポン球一つ程度。飛距離がいくら短くともそれ以上の大きさになるまで、火炎球を放つことはできない。
そして、もう一つは、この金網だ。これを隔てることで、簡単には後ろを取られない。さらに、相手の外側に位置することで、まわりを移動するだけで回避になる。
「――ボクは君に何もしない。だから、今からでもいい。自分の家に帰ってくれないか」
少年の言葉に、テロリストは唖然とした。現状を理解していない彼女にとって、勝利を確信したかのようなその言葉は、意味がわからなかったのかもしれない。だから、
「なにを言っているの? もしかして、わたしが予想できないような秘策があるのかもしれないけど、それがなに? ――あなたにわたしを殺す気がないなら、わたしが負けても、わたしのサーヴァントが勝てば、わたしの勝ちよ。そこんところ、勘違いしないで」
その言葉は、なにより弦技自身の言葉だった。既に戦闘が始まってかなりの時間が経っている。もうすぐ決着がつくだろう。それまでの時間を自分は食いつなげばいい。飽くまでも弦技の勝利条件は彼女を倒すことじゃない。ここから離脱するだけでも勝利なのだ。
じゃあ、と弦技は前置きし、
「君は、ボクに殺して欲しいのかい?」
尋ねた。一秒でも時間が欲しい。会話を続ける時間稼ぎが重要だ。先程の彼女の勘違いもあり、多分時間稼ぎは相手も望むところだろう。
「そんなわけないでしょう? あんまりヌルいこというから、忠告してやったのよ」
「戦略的挑発ではないんだね」
「もちろん。あなたなんて平静を掻いてても余裕なんだから」
「余裕か。ボクもナメられたもんだ」
鼻で笑う。挑発とブラフ。前者は察することは出来ても、後者はまだダマを通している。どちらも彼女から見れば敗北に繋がる。
繭をひそめ、辺りを警戒している。予想通り。時間を稼ぐ……このまま。
しかし、予想外のことは大抵優勢で予想通りの時に生じるものだ。
それは、前兆もなく訪れた衝撃。呻き、膝をつき、視界が霞む。痛みか、熱か。燃えると言うよりも、焦げているような痛み。それは、額から。脳髄へ達する激痛だった。
途端の現象に、形勢は対等から圧倒的不利に落とされる。
……マズい!! 折角立てた戦略、有利な状況が……。
走馬灯のように戦略把握のための情報が処理される。しかし、足は動かない。悶えるのを堪えるので精一杯。立ち上がるのも危険だ。一切立てる気はしないが、万が一立ち上がっても、この不安定な足場では真っ逆さまだ。
添えた手の隙間から金網を隔てた先にいる少女を見つめる。指先の火球は既に三センチ以上はある。
マズい……マズい、マズい……!!
作品名:Fate/fiction in library 作家名:ROM勢