destin ④
「結局、先輩には会われへんかったなぁ」
「でも試合には来るんだろ?後で会えるじゃねーか」
「せやけど、俺は工藤を早う紹介したかったんや」
「そうかよ」
胴着に着替えた平次は、更衣室でも先輩と会えなかったのか口を尖らせている。
見た目によらず子供っぽいところもあるんだな、と新一は苦笑した。
「それより、試合前にこんなところにいて大丈夫なのか?」
「ああそやった!飲みモン買いに来たんや」
「飲み物?…近くに自販機でもあるのか?」
新一が首を傾げると、平次は当たりや、と片目を瞑って見せる。
「師匠が去年ぐらいに導入したんや。若いモンには便利やからってな」
「この家に?似合わねーな」
思わず苦笑すると、平次もやろ?と肩を竦めた。
「ちょお飲みモン買うて来るわ。ここにおれよ?」
「わーったよ」
相変わらず心配性の平次は、すぐ戻るからな、と言い残して走り去って行った。
「もうガキじゃねぇっつの」
平次の後ろ姿を見つめ、新一は小さく呟き、笑みをこぼした。
平次が去って数分後。
新一はふと周囲の視線を感じ、あたりを見渡す。
と、やはりいつものごとく、新一の周りにはたくさんの人が群がってきた。
しかも、胴着を着て厳つい顔の刑事ばかり。
「え、ちょ…」
「工藤新一だろ?うわー本物じゃん!」
「どうしてここに?ていうか服部の知り合いってのはマジなんだ」
「この前も新聞載ってただろ?すごいよな」
「え、いえあの…」
「いやー、本物は新聞や雑誌で見るより綺麗だな~」
「だって母親が元女優だぞ?当たり前だろ」
「俺、親がファンなんだよ。サインもらってもいいかな?」
「は?いえ、だから」
「オイ、邪魔だ」
新一が怒濤の質問攻めに見舞われていると、突然低い声が背後から聞こえた。
その声に反応し、群がっていた男達は声をあげる。
「ロロノア先輩!来てたんすか!」
「ろろのあ…?」
日本人の名前としては馴染みのない響きに、新一は思わず振り返った。
「今来たところだ。…見慣れない顔だな」
「え?」
緑色の短髪、左耳にはピアス、スッと通った鼻筋、鋭い目元、そして服の上からでも見てとれる鍛えられた身体。
どれをとっても常人離れした容姿なのだが、新一が何より驚いたのは、彼が発した『見慣れない顔だな』という言葉だった。
自他共に認める有名人の俺を知らない?
なんだかショックでもあったし、逆に新鮮でもあった。
「見慣れない顔って…。先輩、工藤新一ですよ!あの有名な探偵の」
「工藤新一?…聞いたことある気はするが」
「マジすか!?…先輩、ちゃんと新聞とか雑誌とか読んでます?」
「るせぇな。……ちょっと待て。有名人っつーことは、服部の連れか?」
軽口を叩く後輩をひと睨みし、ロロノアと呼ばれた男は新一に目を向ける。
男の発言に驚いて固まっていた新一は、『服部』という言葉でハッと我に返り、男を見上げた。
「あ、はいそうです。服部は今、飲み物を買いに」
「そうか。悪いな挨拶が遅れて。服部の高校時代の先輩にあたる、ロロノア・ゾロだ」
「いえこちらこそ。アイツの友人で、工藤新一といいます。今日はお世話になります」
無愛想なわりには、案外律儀に挨拶をするゾロに内心びっくりしながら、新一もぺこりと頭を下げる。
なるほど、会えばわかると平次が熱弁していた意味がよくわかった。
確かに迫力が常人とはまるで違う。
精悍なその顔付きや体つきはもちろん、近付きがたくも人を惹き付ける何かが、彼から発せられているようだった。
今まで出会ったことのないタイプの人間に、平次が心惹かれるのも無理はない。
「じゃあ俺は着替えてくるから、適当にくつろいでいてくれ。また後で会おう」
「はい。試合、頑張ってください」
「あぁ、サンキューな。オイ、いつまでも群がってんじゃねぇ、さっさと行くぞ」
「は、はい!」
ゾロは新一に微笑むと、周囲に群がっていた男たちを引き連れ、更衣室に消えて行った。
「…助けてもらったんだよな」
見た目は若干怖いが、いい人なのだと、新一は嬉しくなった。
ちょうどゾロたちの姿が見えなくなった頃、平次が戻ってきた。
「工藤!大丈夫やったか?」
ミネラルウォーターを片手に走ってきた平次は、息を切らせながら真っ先に新一の安否を確認している。
新一は苦笑した。
「大丈夫も何も…心配しすぎだ」
「せやけど、俺の同級みんなミーハーやから、囲まれたり、写真撮られたりせぇへんかったか?」
「…ロロノアさんが助けてくれたんだ」
「ロロノアさん!?先輩と会うたんか?」
あれ、名前言うとったっけ?と平次は目を丸くした。
「さっき会って話したんだ」
「ホンマか!そりゃ良かったわ~。で、助けてもろうたんはなんでや?」
「質問攻めにあってたら、周りの奴ら連れてってくれた」
「うわちゃー、すまん。アイツらにはちゃんと言うとくわ」
「別に構わねーよ」
頭をぼりぼりと掻く平次に、慣れてるしな、と小さく呟いた。
「そういやな、俺もさっき外人さんに会うたんや」
「外人?ここでか?」
「おぅ。モデル体型な上に綺麗な金髪で、サングラスかけとって目は見えへんかったけど、色も白うて顔立ちも違うとったし」
「へぇー」
「自販機のとこでぶつかってもうて、謝ったら『Desole』て」
「…フランス語か」
「フランス語やったんか!誰かのお連れさんやろか」
肩を竦めた平次を見て、ひょっとすると…と新一は腕を組んだ。
金髪で色白、そしてフランス語。
さらにこの匂いは。
「煙草吸ってただろ?しかもジタン」
「あ?俺は吸わんぞ?」
「ちげーよ、その外人さん」
眉をひそめていた平次はあぁ、と頷く。
「確かにくわえとったわ。よう種類までわかったな」
「匂いでな。…もしかしたらその外人知り合いかも」
「ホンマか」
「もしかしたらだけどな…。つうかお前、行かなくていいのか?ロロノアさんたちはもう行っちまったぜ?」
「なにっ!?それをはよ言えや!」
平次は、ほなまた後で!と叫ぶと、新一にくるりと背を向け走って行った。
まったく忙しい奴だ、と軽くため息をつき、新一もゆっくりと道場へ足を運ぶ。
平次の試合を観るのは、これが初めてだったので、新一は若干照れ臭いような、恥ずかしいような気分だった。