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黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 9

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 ついさっきウズメが言っていた事だった。遥か昔にもオロチは多くの生贄を所望しており、数多くの女性が犠牲となってきた。これから先にオロチが復活すればきっと多くの者が犠牲となるに違いない。
――だったら尚更だ、オレ一人の犠牲で済むんならそれでいい
 シンは笑って見せた。そしてすぐに村を飛び出していった。自分の代わりに姉に一言伝えておいてくれ、と告げて。
 それからシンは村を抜け出した罪人として、村の討滅者に追われる事となったのだった。
「…スサ、村を救えるのはあなたしかいないのよ」
 ウズメは言うのだった。
    ※※※
 普段は何もない村の広場が、今は人々が集い、卓に用意された食事や酒を味わい、歌い、踊っていた。
 自然へ感謝する祭は既に始まっていた。普段は物見に使う櫓の上で男が太鼓を打ち、その音に合わせて人々は踊っていた。
 ウズメの説教をかいくぐり、スサもこの祭に来ていた。スサは料理や酒に手を付けず、皆のように歌い踊ることもしなかった。
 スサはしきりに辺りを見回している。誰かを探しているようだった。
 普段は全くと言っていいほど人がいない広場であるが、今日は村人ほぼ全員が集まっているためごった返していた。なかなかスサの探す人は見つからない。
 そうしている内におっ、とスサは気がついた。探している人は見つかったのだ。
 その人物は岩の前に立っていた。艶めく髪で質素な白い着物を身に着け、何よりもぱっちりした目が特徴的な少女だった。
「お〜い、クシナダ!」
 スサは手を振り呼びかけた。
 クシナダと呼ばれた少女はスサに気付き、ぱっと笑顔になった。
「スサ!」
 スサはクシナダに駆け寄った。
「へへ、待たせたな。また姉貴にどやされててな」
 スサの説明にクシナダはむくれた。
「もう、今度は一体何をしたの?」
「いや、ただ売られた喧嘩を買っただけなんだけどな。そこを姉貴に見つかっちまって…、まあいいや、そんな事より早く行こうぜクシナダ!」
 スサはクシナダの手を引き、幼い子供のように無邪気に駆け出した。
「ちょっとスサ!」
「ははは、一緒に踊ろうぜ!」
 スサとクシナダは櫓の周りの村人達の輪に入っていった。
 スサとクシナダは幼い頃に出会ってから今まで変わることなくずっと一緒だった。毎日二人で遊び、どこへ行くのも一緒だった。むしろ二人別々になることの方が珍しかったほどである。
 一緒にいるうちに友情は次第に愛情へと変わっていった。そこでスサはある日その思いを全てクシナダに告げた。
 思いはクシナダも同じであり、結果はこの通りである。来年春に二人は結婚する事も決まっている。年齢的にも二人とも丁度いい頃だった。
 二人の結婚を反対する者など誰一人としていなかった。スサの姉、ウズメも結婚には大賛成であった。
 このままであれば二人は幸せになる、絶対の事のように思われていた。
「ふう…」
 スサ達は踊りの輪の中から出て来た。
「いや〜、踊ったら喉が渇いたな」
 スサは言い、卓の上の酒を手に取り、くっと飲み干した。
「やっぱり運動の後の一杯は違うなあ!どうだクシナダも」
「お酒はいいわ」
 クシナダは断った。
「まあまあ、そう言うなって。ほら飲め飲め」
「いや、だから私は…!」
 スサがクシナダをからかっているその時だった。
「おい、何だあれは!?」
 村の男が驚きの声を発した。
 スサも何事かと表情を変え、男が向く方を見やった。
 ここより少し離れた位置に大きな影が見える。影はゆっくりと村の方へ近付いてきており、二つの金色の光が、その影の目と思われる輝きがとても不気味であった。
「ま、魔物だ、魔物が近付いてくるぞ!」
「に、逃げろ!」
 村人達は散り散りに逃げ出した。そうしている間に魔物はどんどん村へと近付いてきている。
 スサは魔物に目を向けたまま剣を取った。
「クシナダ、ここから離れろ!」
「待って、スサはどうするの?」
「オレはどうにか奴を食い止める、お前は逃げるんだ」
 クシナダがそれでもためらっていると、スサは彼女を押した。仕方なくクシナダはその場を離れていった。
 スサは向き直った。影はついに村へと入り込み、明かりによってその姿が明らかとなった。
 小山ほどの体をし、緑色の皮膚を持ちその表面は鋭く頑強な鱗に包まれている。長く伸びた尾を持ち、背中には膜の張った翼が生えている。そして金色の瞳をしていた。
――まさか、こいつは…!?――
 イズモの言い伝えで聞いたことがある。遥か昔、ミコトが戦い、そして封じたというオロチ。その剣よりも鋭い鱗に包まれた肌は大地と同じ緑色をしており、その体躯は山にも匹敵するという。それが持つ瞳はそれが忌んでいる日のように黄金に輝く。
 この言い伝えが正しければ、スサが対峙しているこの魔物こそが、
「魔龍、オロチ…!」
 数千年の時を経て、ついにかの魔龍は復活を果たしたのだった。
 スサとオロチの視線が合わさった。
 目を見ずともオロチの強さははっきり分かった。オロチの出す気迫のようなものがただ図体の大きいだけの魔物ではないとスサに判断させた。
 未だかつてない強敵に出会い、スサは剣を構えたまま止まっていた。どこへどう攻めればいいのか、そしてどう戦えばいいのか、その答えは全く浮かばなかった。
 蛇に睨まれた蛙のように全く動けないスサを見つめ、オロチは言った。
「人間よ、我を邪魔するというのか?」
 恐ろしいまでに低い声であった。スサに更に恐怖が襲った。
「村に来てお前は何をする気だ!?」
 スサは大声で言った。
「我は全て破壊する、ただそれだけだ」
「だったら…」
 スサは恐怖を押し殺し、切っ先をオロチに向けた。
「お前をこれ以上村に入れる訳にはいかない、ここで死んでもらうぞ!」
 スサはオロチに斬りかかった。力を込め、大きく降りかぶり、全力で前足を斬りつけた。
 ギンッ、という音を立て、スサの剣は弾かれた。その時手には痺れを感じた。まるで岩を叩いたかのようだった。
 斬られたはずのオロチの前足にはかすり傷一つできていない、全くの無傷である。
――なんて固い奴だ…!――
「ふん!」
 オロチは前足を振るった。
「ぐあ!」
 スサは人形のように簡単に吹き飛ばされた。それでもすぐに立ち上がった。体は無事だった。
「弱い人間如きが、我を斬ることなどできぬわ!」
 剣が通用しない以上、勝負は歴然としていた。しかし、スサには退くことなどできない。退けば村が、皆が、クシナダまでもオロチに殺されてしまうことになる。
「オレは、負けるわけには行かねえんだ!」
 大声を上げ、スサは再び斬りつけた。しかし先ほど同様刃は簡単に弾かれてしまう。そして隙だらけとなった体にオロチからの一撃を受ける。
「ぐ…は…!」
 ざざっ、と砂煙を上げ、スサは地面に吹き飛ばされた。爪での一撃を受け、胸に大きな傷を作った。
 胸の傷を抑える手の指の隙間から血を滴らせながらスサは立ち上がった。痛みが強烈であり、ふっ、と気が遠くなるようだった。
「オ…レは…」
 負けられない、かすれた声を上げた。
「雑魚めが、さっさと死ぬがよい…」
 オロチはスサにとどめを刺すべくゆっくりと歩み寄った。