ZERO HOUR
そう言えばそんな事もあったなー…。
結構懐かしい話題だった。まだ僅か2年前の事と言えばそれまでだが、何だかあの頃は余裕がなかったのか、何やら自分が思うよりも早い流れに流されるままで事態をよく掴めていなかったのか。実際の所、ああやって話題に出るまですっかり忘れていた。
誘いかけてきた中央の将軍、て誰だっけ。
顔は完全に忘れてしまっているが、名前は何だか最近聞いた記憶があるような、ないような…。
せわしなく人の行き交う廊下を歩きつつ記憶を辿るが、本当に自分的にもうどうでもいい類なのか、さっぱり思い出せない。半ば諦め掛けた所で、不意に吹き込んできた砂の匂いに、ハボックは目を細めた。
乾いた風に混じる砂の匂い。
この時期の東部は雨が少ない。乾いた砂は風に乗って、東から遠くここイーストシティまで運ばれてくる。今からが一番暑い季節になる。
何とはないしに街の外れに目をやれば、広場で何人もの人が行き来しているのが見えた。
中心街からも住宅街からも外れた、人工的な広場。普段はそんな人が集まらない場所なのに珍しい。広場といえど外れにあるそこは、主に何かの大規模な歳事の時くらいしか――――
あ。
不意に落ちてきたその答えに、足が止まった。
そうだ。ここしばらくの騒ぎですっかり忘れていたが、アレがある。
そう言えばこの時期だ。もうじき警備の打ち合わせも入ってくるだろう。
「あー…」
忘れていた訳ではないが、今の今まで日々の通過点の一つとしてしか認識していなかったのかもしれない。だけど違う。あれはもっと重い意味を持ったものだ。・・・この司令部の半数くらいの人に対しては、特に。
「ハボック少尉です」
いつもの通り、コン、と一つノックを。
だが、しばし待てど、ここですぐに掛かるはずの「入れ」が返ってこない。
「・・・・・・あれ?」
なんで?
さっきファルマンは執務室にいる、と言っていたはずだがもしかしてそれから場所移動とかしてしまったんだろうか。
取りあえずどうしようか、扉開いてたら覗くだけ覗いてみようとノブに手を掛けた矢先、何かの叫びとガシャン、と派手な音が中から。
「大佐!?」
反射的に扉を開け放った所には。
「・・・あの?」
叩き切ったのだろうと思しき受話器に手を掛けたまま、肩で息をする己の上官が。
「・・・しまった。まだ用があったのに」
「…えーと…」
何か電話に向かって呟いてる怪しい上官がいるだけで他に人影もないので、取り合えず腰のホルスターに銃を戻す。しばらく上官は電話を睨み付けていたが、気は済んだのか、深く椅子にもたれ掛かって深く息を付いた。
「ご苦労」
「…じゃないっすよ、何なんですか今の」
「中央から不幸の電話だ」
不幸の電話って。
まぁ取り繕いは抜群に上手い上官があからさまにこんな事やってる事で、電話の相手はバレバレだが。まずその暴れっぷり自体が珍しい。
「何かあったんですか?」
「あったと言えばあった。なかったと言えばない」
「どっちなんですか」
「今更言っても仕方のない事だが、むかつくんだ」
いつも通りの持って回った言い方にも慣れてしまったが、ようはもう過ぎてしまった事ということなんだろう。これから起こりうる事ではなく、過去の。あの人にしては珍しいのではないかと思う。基本的に家族話9割5分、残りは有意義な情報、という比率くらいだと思っていたのだが。
「何のネタが流れてきたんですか?」
そう問えば、微妙に表情が変わった。
「…もうじき慰霊祭があるだろう」
「はい」
「――――あれに嫌な奴が来るんだ」
・・・・・・はい?
え、ちょっと、それだけ?とか思った自分に罪はない、はずだ。予想通りの名称に、ちょっとばかり入ったこの肩の力をどうしてくれる。
「や、子供じゃないんですから」
「そうは言うがな、妙な敵愾心燃やされるのは慣れてるが、何かこっちで事件が起こるたび中央くんだりまで呼びつけて意味のわからん激励をくどくどくどくど。かと思えば自分が取り逃がした奴がこっちに逃げてきたら越境捜査で勝手に先走って現場を混乱させるだけさせて面倒なところと後処理だけ置いていく。それだけかと思えば、」
「思えば?」
「先日、中尉がセントラルに出張に行っただろう」
「ああ、2、3日あっちで足止め喰らったあの時ですか?」
悪天候含めた諸々(列車の事情とかその辺だ)で帰って来れなかったんだが、あの中尉不在の時はほんと大変だった。この上官のお守で。思わず遠くへ行ってしまいそうになったが、聞いているのかと声が飛んできたので我に返る。
「ヒューズが目撃したらしいが、あのオッサンにナンパされたらしい」
「そりゃ許せませんね」
「だろう!?」
少々棘は鋭いが、東方司令部には無くてはならない大事な花だ。それに、この目を離したら何処に行くか分らない上官を制御するにはこれ以上の適任はいない。
最も、それだけでない何かがこの2人の間にはある。それが一体何なのか、互いに語らぬお陰で掴み切れないままだが、多少の間でも傍にいれば、その糸は明らかで。
普通この件だけを聞けば、人のものに手を出しうんたら、みたいな下世話な話へ向かう筈だが、それともまた違う。まるで、・・・そう。
「嫁に出すのごねる親父みたいな…」
「何か言ったか?」
「いえ」
内心だけのつもりが漏れていたらしい。基本地獄耳な人だが、今回は本気で聞いていなかったようで助かった。もしかしたら不問にふされているだけかも知れないが、見逃してくれるつもりなら、乗らないわけがない。
「その嫌な奴ってなんて人ですか?」
「聞きたいのか?」
「どのみち警備の事もありますんで」
「ご自分で何でも手配したいらしいから、こちらからは人員割かなくて良いかも知れんぞ。第一、フランカー将軍にうちの連中使ってやるのは勿体無い」
・・・よっっっぽど気に食わないらしい、というのはよく分った。
ええと、フランカー将軍、と。
「・・・・・・あれ?」
「どうした」
「ああ、いや、何か聞いたことあるような気がする名前だな、と思ったんですけど…」
「けど?」
「思い出せないんでいいです」
「諦めが早いな、お前は」
「重きを置いてないだけだと思いますけどね」
で、もうそっちは良いんで本題って何ですか?と聞けば、一瞬本気で忘れていたらしい。僅かな沈黙の後、ああ、とか何とか言ってるが大丈夫なんだろうか。