ZERO HOUR
「大佐、ちゃんと寝てます?」
「そのうち燻製になりそうな気がするが寝ている」
「・・・すんませんね、ヤニくさい部屋で」
「まぁそれも連中の頭を抑えるまでだ」
いい加減人の部屋に押し込められるのも飽きてきたところだ。
さっさと済ませたいのは山々だが、いつまで続くのか。情報の少ないグループ相手では、こればかりは向こうの動きをある程度掴むまで有効的手段を講じる事も出来ない。
「イーストシティに出入りする人のチェックも強化はしてますけど、」
「予告より以前に既にイーストに入っていればそこで引っ掛かる事もないしな」
「本気で潜伏しようと思ったら割と抜け道あるでしょうしね」
「だが、あまり籠ってばかりもいられまい。市内で事を起こす気であれば、常にこちらの隙を伺っていなければいけないからな」
「大佐は…」
一旦言葉を区切る。思い出してしまったが最後、この人に向かってこの事を蒸し返すのはちょっとばかり抵抗がある。だが問いかけた以上、最後まで聞いてしまわないと。
「慰霊祭が狙われると思いますか?」
「いや」
何の感情も浮かんでいない目を向けて、彼は短く即答した。
「慰霊祭そのものは狙っては来ない。連中はそこらの売名に逸っただけの奴等とは少し違う。確かに慰霊祭を狙うのは効果的ではあるだろうが、同じく警備も強化され、尻尾を捕まれる可能性は高くなる。だが大きな花火を打ち上げても、自分たちが潰されれば意味が無い」
この国を牛耳る軍を転覆し、自分たちの主権を回復するという目的の下、完全に勝利をおさめられる時まで、時に他のグループを扇動し、民衆の不安と不満を軍へ向けさせながら、地下に潜り続ける。そんな狡猾さを感じるのだ。
「リベンジというよりお手並み拝見といった感じじゃないか?」
「・・・確かに、予告出してからやるまでの間とか、気になってましたけど」
「他の支部でも定期的に同じような事件が起こってる。…私にはデータを集めているように見える。何処の支部の誰がどう人員を配置してどう動くのか、そのデータを取られているように」
淡々と続く内容は、さらりと言われるには重い。もしもそれが本当に連中の狙いだとすれば、
「・・・だとしたら、本番はもっと後って事ですか?」
「仮にそれがあるのだとしたら、だが。どうせこちらにとっては毎回が本番だ」
確かに。
よく分らない動きは不気味なことこの上ないが、もしかしたらこちらの考えすぎという可能性も否定できない。いもしないものを恐れて動けなくなる訳にはいかないし。
「んじゃ、オレんとこからもブレダの方に人回しといたら良いですかね」
「今、中尉がその辺の調停も兼ねて打ち合わせを…」
続きを遮るように、どんっ、と重々しい音が響いた。
同時に視線を窓の外へ投げれば、街の一角から黒煙が上がっていた。次いで微かな振動と共に、窓ガラスが揺れる。
「出ます!」
一言だけ投げ置いてハボックは背を向ける。一瞬遅れて館内に警報が響いた。
間を空けずに鳴り出した内線に受話器を掴み取れば、副官の緊迫した声が。
『大佐、EFLPです!』
「場所は!」
『声明とほぼ同時に爆発が起こりました。場所は北地区の広場、慰霊祭会場予定地!』
「負傷者は」
『現場の周りは民家からは少し距離があります。数人が作業中でしたがそれは現在確認中です』
「現場の近隣住民の避難誘導を急がせろ。連鎖もあり得る。全市に警戒態勢を」
『Yes,sir!』
「私も出る」
『…そう仰有ると思っておりました。後から参りますのでお気をつけて』
「すまないね」
一瞬の間隙が彼女の中の葛藤を現しているようだったが、あえて目を逸らす。止めてこないのは判っている。だがその気持ちだけは受け取ろうと、返した謝罪は苦笑混じりのものだった。