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LOST ④

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 何とか搾り出した言葉はそれだけだったが、とても尊く神聖な約束を交わしたような気がした。
 木手は動くことも喋ることもせず、ただ平古場の肩に額を預けているだけだった。肩に感じる熱や、首筋から香る香水が平古場の神経に触れて、理性を揺るがす。今にも抱きしめて、首筋に噛み付いてしまいそうで怖かった。
「永四郎、ちゃーした?」
 小さく震える手で、そっと肩に触れれば、やっと木手はゆっくりと顔を肩から離した。少しの間、平古場の肩に木手の温もりの名残りが留まったが、すぐにそれは風によって冷やされて奪い去られてしまった。
「何でもありません。……平古場クン、楽しみにしていますよ」
「ああ、まかせろ。絶対に優勝して、えーしろーぬやり方が間違ってねーらんって、全国ぬ奴らに認めさせてやろーぜ!」
 やっと平古場は、木手へと笑みを浮かべることが出来た。いつも通りの笑みが浮かべれたような気がして、ほっとした平古場は木手へと帰るように促した。
「俺はもう少し、海を見てから帰ります」
「そっか……。じゃあ、また明日な」
 それだけ言葉を交わすと、平古場は屋上の出口へと向って歩き出した。それを見送ることなく、木手はただじっとフェンス越しに見える、白波の立つ蒼い海を見つめていた。

 二人は、一度も振り返ることなく屋上で別れた。



***



 薄暗い階段を平古場は一段ずつ降りていく。足の裏に伝わる振動で、何とか歩いている実感が持てている状態だった。階段の踊り場まで降りた所で、周りに誰の気配もしないことに気がつく。携帯を取り出して、時刻を確認すればもうすぐ最終下校時刻が迫っていることが分かった。
 一人しかいないことを認識した途端に、平古場は重い溜め息を零す。静まり返った校舎に、その音だけが妙に大きく聞こえた気がした。手すりに持たれながら、だらだらと階段を降りていく。平古場の足音だけが響いて、世界にたった一人だけしか存在しないのではないかと思えた。
 突然、平古場は足を止めた。
 目の前には廊下に面した窓があり、そこから青い空が硝子越しに見えた。先ほどまで、木手と見ていた空が美しく広がっている。
 その景色を、木手と共有した空を見た瞬間、平古場の脳裏に先ほどまでの木手との会話が蘇ってきた。それと同時に、如何しようもない悲しみと苦しさが胸に込上げてきた。

 最後まで、笑ってくれなかった。
 最後まで、傍に行くことが出来なかった。

 あんな約束をすれば、きっと笑っていつもの様に馬鹿にされると思った。プライドの高い木手だから、平古場に貰うつもりなんてないと、きっといつもみたいに高圧的で居丈高で傲慢な態度をとられると思っていた。いつも通りの平古場と木手のやりとりをするんだろうなと、そうすればこの先もきっと二人の関係は昔みたいに戻ると思っていた。けれど、まさかあんな苦しそうな顔をさせてしまうとは思わなかった。
 これが、甲斐や田二志だったら違っていたのだろうか。
 そんなくだらない考えが脳裏を掠めた。くだらないことだと分かっている。けれど、考えてしまう。もし、平古場以外の誰かだったらと。
 どうして、平古場では駄目なのかと。
 息苦しさに息を吐き出せば、頬を濡らす何かに気がついた。急いで手で拭えば、それは涙だった。
 それを認識した途端に、次から次へと瞳から零れる雫が頬を濡らした。
「ぬーよ、クリ……! ぬーんち、とまらねぇんだしよ!」
 制服の袖で拭っても間に合わないほどのそれに、平古場は酷く混乱した。
「くそっ、止まれよ! 止まれって!!」
 目をぎゅっと強く瞑って、上を向いて袖で目を押さえる。それでも、涙は平古場の意志を無視して頬を、そして顎を濡らしていく。
「止、まれよっ! ……っ。止まって、くれよ! 頼むから、止まれって!!」
 叫ぶように懇願した。けれど、涙の所為で、言葉が途切れ途切れにしか紡げない。
 苦しい、悲しい。そんな感情が胸や脳を占領して、より多くの涙を流させているようだった。
 涙なんて流したくなかった。泣くようなことなんて何一つないし、そもそも男のくせにこの程度のことで泣くなんて格好悪すぎる。
 格好悪くて、馬鹿な自分自身が嫌だった。こんな無様な姿を晒すような感情なら、何もかも捨て去りたかった。
 けれど、泣くほど木手のことが好きで、好きで好きで仕方がなかった。
 どうしようもないほど救いようがない大馬鹿だと、平古場は自重めいた笑みを口元に浮かべた。
 腕を外せば、窓から見える青い空が澄み渡っている。
 木手と約束した言葉に嘘はない。木手が目指す未来を、平古場も見てみたいと思った。
 だから、木手が一番望むものを、平古場の力で渡したかった。今は、まだ木手の後ろをついていくことがやっとかもしれないが、もっともっと強くなって隣に並び立ちたかった。
 木手の視界に、平古場の存在を映してほしいと思った。だからこそ、今のままでは駄目だと、気がついた上での決断だった。きっと、このままでは永遠に、木手にとって平古場は従えるべき部員でしかない。
 そこから脱却するためにも、平古場が欲しいと願うものを得るためにも、強くなりたいと心の底から思った。

「永四郎、わんは強くなる」

 胸を張って、誰にも負けないと自信を持って言うことが出来るような、そんな強い絆を木手と結びたい。
 今はまだ、弱くて不安で、そんな気持ちばかりが平古場の胸に溢れている。だから、隣を歩く時が来るまでに、誰よりも強くなりたいと思った。
 これが最後の涙だと、心に決める。もう二度と、泣いたりしないと心に誓う。
 そして、これから始まる九州地区大会、全国大会で誰にも負けないと決意を新たにすると、平古場は制服の袖で、もうほぼ乾ききった涙を拭った。
「待ってろ、永四郎。……絶対に、やーを全国大会に連れていく。そして必ず、優勝をお前の手に渡してやる。やーのやり方は間違ってないって、証明して見せるから……」
 呟いた声は、誰もいない校舎に静かに響き渡った。

 平古場の顔に、もう悲しみの色はない。
 強い意志の篭った瞳が、キラキラと輝いて青く澄み渡る空を見つめていた。



***



 木手は眼前に広がる海と空を見つめていた。澄み渡る空の下には、海が水平線の彼方まで広がっており、空と海の境界が遠く視界に映る。海と空は同じような青なのに、意外にもはっきりと境界が分かった。同じ青であるようでいて、決して同じ色ではないから、きっと交わることはこの先永遠にないのだろう。
 そんなことをぼんやり考えながら、木手はフェンスに手をかけた。海から吹き抜ける風を
全身で受けていると、後ろで扉の閉まる重い音が聞こえてきた。平古場が屋上から出て行ったのだろう、そう頭の片隅で理解したが特に振り返ることもなく、風の音だけが響く屋上で立ち尽くしていた。
 目の前に広がる海や空に意識を移して、気を紛らわそうとしても、先ほどから頭の中を占めるのは平古場の存在ばかりだった。
 木手は、フェンスにかけた手に力を込めると、形こそ歪みはしなかったが苦しそうな金属が擦れる音が響く。平古場の存在を思い出すと同時に、平古場の言葉からいつか見た夢の内容を思い出した。
作品名:LOST ④ 作家名:s.h