二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

スズメの足音(前)

INDEX|11ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 

 一緒にバレー部で過ごした日向たちの最後の大会、最後の試合は春高決勝戦となった。
 相手のユニフォームは赤。宿敵、東京の音駒高校。母校、烏野とは昔から好敵手として練習試合を重ね、カラスとネコの“ゴミ捨て場の戦い”と呼ばれていた。
「豪華なゴミ捨て場だな」
 全国で一番を決める広い体育館で慣れ親しんだ黒いユニフォームが跳ぶ。
 遠目にも夏とは後輩たちの顔つきが違うのがわかった。音駒も記憶にある二年前と違う。見ている方も息切れするような試合展開。第三セットまでもつれ込だ。点差のつかないまま順に二十五ポイントを超える。あと一点を守って、あと一点を追う。果ての見えないこんな試合を覚えている。
 高校最後の夏、宮城県予選で影山の宿敵といえる及川徹の率いる青葉城西と戦った。その頃にはとっくに影山に正セッターの座を奪われていたけれど、一度交代して大地と、旭と同じコートに立ち、第三セットの息の詰まるようなラリーはこんな風に、外側から見ていた。
 思わずキツく握った拳に大地の手が重なって、山口のフローターサーブから敵のレシーブが乱れ勝ち取った一点に烏野応援団が、山口の師匠である嶋田さんが叫んだ瞬間にグッと力が入る。
 すぐに立て直し熟練したレシーブを見せる音駒のアタック。入部当時はレシーブが苦手だった月島がエースの重い一打を上げ、落下地点に素早く踏み出した影山が長い両腕を柔らかなバネにように動かし、コートを切り裂く。その先には明るい色の髪を首や額にべったり張りつかせながらも跳ぶ日向がいた。
 誰の上にも重力がある。何度も跳んで、走って、倒れこんでもボールを追って、次第に体が何倍も重く感じ始める。ネットが高い。酸素の足りない頭に天井のライトの光がチカチカする。もう無理だ、足が思うように動かない。それを「もう跳べない」と思ったら終わりだ。体はとっくに限界を訴えていて、それを無視して限界の先の一歩を踏み出す。それでも高さが足りない。さっきは届いたブロックが届かなくなる。
 コートの中の重力が烏野にも音駒にも平等にのしかかる中、日向だけが解き放たれていた。未だ小さな体の細い背中に羽根が生えているようだ。苦しい場面で必ずトスを呼ぶ声がする。日向は最初は“最強の囮”だった。当時のエース、旭や田中を活かすための。それでも今は違う。
「まさに、小さな巨人……」
 大地が呟いた。その向こうで、応援で白熱する兄に連れられルールもよく知らないまま観戦しているらしい小さな少年が振り向いて再びコートを見下ろす。夢をみているように呟く。
「小さな……巨人」
 日向が何度跳んでも音駒の足元にはボールが落ちない。
「もう一回ィィ…!」
 足は止まらない。それでももうじき本当に跳べなくなるだろう。背中の黒い羽根が軋む。
「まだだ!」
「もう一回っ」
 あと一点。あと一回。ボールが向こうの床に落ちるまで、その羽根が溶け崩れないように祈った。二年前よりずっと遠くコートから離れた場所から。
――――ダンッ
 床に叩きつけられるボールの音。
 それを追って短い笛の音が鳴り、会場は束の間の静寂に包まれた。

 烏野の優勝が決まってひとしきり喜んですぐ、地元からの応援団は帰っていった。商店の跡取りたちのもぎ取った臨時休暇は今日限り。明日は仕事なので、打ち上げは後日、地元でやるそうだ。嶋田マートは安売りの準備もせねばならない。
 関東住まいの俺たちと田中たちはその日の晩に打ち上げをやった。半数以上が未成年の後輩たちだから遠慮しようとしたけれど、あんまり勧めてくれるから俺たちは少しずつアルコールも頼んだ。年末やっと二十歳になった大地は正月に実家で勧められたが、「初めて飲む酒は後輩の優勝祝いのときに」と断り、これが初めて飲むビールらしい。元日に二十歳になった旭もそういう気持ちでいたが、年始の挨拶の席で酔っ払った親戚のおじさんの勧めを断りきれなかった、と何に対してかわからない涙で目を潤ませながら語った。
 今回は普段こういう集まりに参加しない清水も一緒だった。地元で進学した清水は友達の家に泊まって翌日帰るというので、それに合わせてあまり遅くならないうちに解散した。護衛のつもりで帰る方向が同じ旭と一緒のタクシーに乗せたが、箸が転んでも優勝のシーンを思い出し、涙で頬を濡らす旭の背中を支えているのは清水の方で、見送る大地が「介護」と評した。

 予定より早めの時間にいい気分で帰宅すると、アパートの部屋は無人だった。いい気分のまま散らかった部屋を少し片付けて居場所を作り、心地いい疲労感に目を閉じていると、玄関の鍵を開けて細山が帰ってきた。
「おかえり」
「……ただいま」
 仕事帰りという格好ではなかったから食事にでも行ってきたんだろう。お互い様だけど、炊事は得意ではないから、自分一人ならすぐ外食にしてしまう。細山の新居探しが家賃条件で引っかかりガチなのも、そういう生活姿勢が原因ではないかと思う。
「孝支、結構早かったんだな」
「後輩もいたし俺らの代のマネージャーの子も来てたから早めに解散したんだ」
「ああ、地元に残ったっていう子ね。結構大人数で飲んでたんだ?」
「九人かな?こんなに集まるの久しぶりだったなぁ」
 またスッと目を閉じる。それが気持ちよかったけど、ずっと閉じていたら寝てしまいそうだった。
「そっか。…………あ、まだシャワー使ってないよな。先使ってもいい?」
「うん。タオル出しとく」
「ありがと」
 言いながらさっさとバスルームに消えていった細山に何か違和感を覚えて鈍い頭を回らせる。
(あ、試合結果訊かれなかったな)
 興味のない試合の結果をわざわざ自分で確認しておく人じゃない。いつもなら真っ先に尋ねて、隣で話を聞いてくれる。穏やかな声で相槌を打ちながら。
 でも、どうしても聞いてほしいわけじゃなかった。今日のことは大事に胸に収めて、溢れた分は仲間たちと分かち合って、行き場のない気持ちはひとつもなかった。とてもいい気分だった。
作品名:スズメの足音(前) 作家名:3丁目