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スズメの足音(前)

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 二月のある日、細山が熱を出した。
 大人が発熱することってそんなにない。風邪薬の買い置きがなく、内科がすぐそこだったので、とりあえず病院に送り出してスポーツドリンクを食べられそうなものを買いに走った。
 実家では看病されることはあってもすることはなく、実家を離れてからは一人で暮らしていたから、何を用意したらいいか迷ってゼリー飲料やリンゴを買ってみた。
 ローテーブルに物資を並べると解熱剤が少し効いてきたらしい細山がベッドの上で「張り切ったな」と笑った。
「あとは……食べられそうになったらりんごすりおろすから」
 一人暮らしを始める際に鍋や包丁と一緒に“自炊に必要そうな道具”として揃えたっきりのプラスチック製のおろし金とりんごをまな板の上に並べる。
 やったことはないけどなんとかなるだろう。
「へぇ。孝支んちで風邪っていったらりんご?」
「え、いや…………」
 実家ではゼリーやプリンが定番だった。たまたま家にあればりんごだって出てきたけど、わざわざ買ってくるようなメニューじゃなかった。反射的に「失敗したな」と思った。
「俺のうちじゃやらないけど、看病してもらってるって感じするよ」
「う、うん……」
 曖昧に頷いて落ち着かず視線を彷徨わせた。そこで目に止まったシフト表を拾って携帯を取る。
「細山さん、店に連絡入れた?」
「ああ、今日休むってことだけ」
「明日もウチの店のナイトシフト入ってるじゃん。俺代わるって連絡しとくから、熱下がってても明日も休んでちゃんと治したほうがいいよ」
 返事を待たずに電話をかけた。繋がるまでの僅かな間に、穏やかな細山の「ありがとう」の声に心苦しくなる。
 シフトを代わるぐらいなんてことない。ただ、話を変えたかっただけなのだ。
 風邪の日にすりおろしりんごが定番なのはうちじゃない。大地の家の話だ。親戚が青森にいて送ってくるから、冬の風邪は必ずりんごなんだって。
 別に隠すことじゃない。隠すことじゃないのに細山に言いたくなかった。大地に細山のことを言い出せなかったときと似ていた。
 同じ友達の話でも、例えば旭のことならいくらでも話せるし喋ってきた。話したくないのは大地のことだけだ。理由は考えないようにしていた。

 細山の代わりで出勤すると、ちょうど従業員控え室兼用の事務所で机に向かっていた店長に声をかけられた。
「今日も代打で来てくれてるのに悪いんだけどさ、明日のシフト延長してもいい?休憩挟むからさ」
 シフト表にはすでに“菅原”の名前のラインがあって、そこの端をトントンとペンの尻で叩く。
「? 大丈夫ですけど」
「ごめんね。助かる。細山くんに続いて小宮さんも熱出したって電話してきてさ」
「風邪、流行ってるんですか?」
「どうだかね。ウチは今のところ二人だけだし」
 そこで店長は他に誰も居ないのを確認しながらも少しだけ声を潜めた。
「細山くんと小宮さん、付き合ってるってホントか知ってる?」
「!」
 声は出なかったけど、うろたえた顔をしていたかもしれない。店長は俺の反応を気にすることなく話し続けた。
「ちょっとそういう噂あってね。別にいいんだけどね?そういうのでモメて急に辞められるとさあ、ね?」
「はぁ」
「で、菅原くんどうなの。細山くん居候させてるんでしょ?知らない?」
「…………すいません。あの、そういう話は聞いてません」
 絞り出すようにして答え、次の質問が来る前に退散した。嘘はついていない。細山からも小宮からも何も聞いていない。
 でも、心当たりがないわけじゃなかった。はっきり「二人は付き合ってるのか」と言われるまで考えないようにしていただけだ。まだ確定したわけでもない。
 でも、おかしなことに、店長の言葉で細山への疑いがはっきりした形になったとき、胸の奥に溜まっていた重たい石がひとつスッと消えた思いがした。本当なら細山の恋人として胸を痛めたり腹を立てたりする場面のはずなのに、そういう激しい気持ちはひとつも湧き上がってこなかった。
 二日休んで復活した細山は予定通り、俺が出勤する裏で高野さんの店へ出勤していった。三月が近づくと、学生を中心に何人かバイトを辞めていく関係で忙しくなった。高野さんの店も同じ事で、向こうに駆り出されがちな細山とは職場で顔を合わせなくなった。家でもすれ違いが増えて、たまにゆっくりできる日には、買い出しを提案しても細山は腰を上げず、なんだかんだ言いくるめられて抱き合ってばかり過ごすことになった。別に楽しいわけじゃなかったけれど、ごちゃごちゃと考えこんでいるよりずっと楽だった。
作品名:スズメの足音(前) 作家名:3丁目