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スズメの足音(前)

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 いつも荷物の少ない細山がバッグを担いでやってきたのは夏から秋へと移り変わる頃のことだった。
「最近ランチのシフト多くない?大学ちゃんと行ってる?」
「ああ、それ。大学辞めたんだよね」
 禁煙はじめたんだよね。とでも言うように簡単に言ったので、一瞬「へぇ」と流しかけて振り向いた。
「えっ」
「去年ウチの店辞めた高野さん、紹介したことあるだろ?あの人が新しく店出すってんで、俺誘われててさぁ。今ウチはスタッフ足りてるから店長とも話して、高野さんとこ行こうかと思ってて」
「………うん」
「あー、要するに、就職しようと思って」
「そっか……」
 大事なことを相談されなかった、なんて言うつもりはなかったけれど、もう口を挟む余地もないのに心配してしまう。
 高校の時の友達にも、すでに大学を辞めて地元で就職している奴がいるし、それで充実しているなら良かったと思うんだけど。
「それでさ、親は折角入った大学辞めるの大反対で、実家出てけって言われてんだよね」
「えっ」
「だから部屋決まるまで泊めて?」
「えっ、……今日から?」
「ダメ?」
 体を寄せて、弱り声で言うから卑怯だ。これまでもしょっちゅう泊めているのだから断る理由はそんなにないんだけれど。
「………………いいけど」
 許した途端にご褒美みたいに抱きしめられてキスされて、翌日一度実家へ帰宅してバッグ一つを持って戻ってきた。歯ブラシもカップも以前から二人分並べていたから部屋の景色は変わらなかったけど、細山は「同棲祝い」と言ってビールの缶を開けた。

 一緒に暮らし始めて三週間ほどでバイト先の同僚、小宮ゆき子に呼び止められた。
「細山さん、菅原くんちに住んでるってホント?」
 シフトがかぶった日に一緒に帰るのは以前からだからバレないだろうと思っていたけれど女の子は鋭い。まさか関係がバレたかと思って身構えながら、余計なことは言わないように、
「そうだけど…?」
「そっかぁ。菅原くん仲いいもんね」
「うん、まあ……」
「ちょっと聞きたかっただけなの。じゃあ、お疲れ様でしたぁ」
 細山と付き合っているのがバレたわけではなさそうだ。でも、買い物は一緒に出ているし、生活圏が被っていたら怪しまれるかもしれない。
「…………考え過ぎかな」
「考えすぎでしょ」
 細山は少しも心配していないらしい。
「そりゃバレたら困るけど、男同士でルームシェアしてたって普通疑わないよ」
「じゃあ、普通わざわざ帰りに呼び止めてまで一緒に住んでるか聞く?」
「気になったんじゃん?」
「………………」
 納得はいかなかったけれど、タイミングを図ったかのようにお互いの携帯が鳴ってこの話は終わった。
 受信したメールはバレー部の後輩、山口からだ。今年三年の後輩たちのアドレスはひと通り知っているが、近況を報告してくるのはいつも山口だった。部の動きは一人が代表して連絡を寄越せば充分で、他の後輩はマメな連絡とか、わかりやすい説明が得意ではなかった。
『予選勝ちました!年明けに東京行きます!!』
 それから決勝の様子やメンバーのことが書かれていた。それまで話していた埒が明かない心配事はどうでもよくなって返信を打っている間に、今度は着信があった。旭だった。
『山口からメールきた?!全国だって!』
「きたきた。絶対勝ってるって思ってたから旭みたいに驚いてないけどな」
『お、俺だって信じてたよ!』
「ハイハイ。それで?」
『帰省と大会日の予定確認したいし、とりあえず県予選突破祝いってことで集まりたいんだけど』
「いいよ、月曜か次の金曜なら確実に予定空いてるし。どこでやる?」
『じゃあ金曜かな。スガのバイトしてる店は?行ったことないし、遅くなってもスガんち近いだろ?』
 言われて、明るい窓辺から玄関に向かって部屋を振り返れば、少しずつ運び込まれた細山の荷物でいつの間にか散らかった部屋が暗く見えた。窓辺に避けて電話を受け、話している間に細山は静かに出かけていった。
「あー………その日さ、団体の予約が入ってて、うちの店じゃゆっくりできないと思うから、……前行ったトコは?安くて美味いって言ってたじゃん」
 店に来るのは良かったけど、流れで部屋に上げるのは避けたい。旭たちは男と一緒に暮らしてると言っても今までどおりの付き合いをしてくれるだろうけど、なんとなく、知られたくなくて。
 特に疑問を持たれることもなく話はまとまって、金曜の夜に大地のアパートから一駅の居酒屋に集まった。大地の家を挟んで旭とは真逆だったから、理由がなければ中間地点である大地の家の近くに集まることが多い。
 それぞれが烏養コーチや、武田先生や、地元に残っている後輩と連絡を取り合って聞いた情報を交換したり、年末の帰省日を確認したりした。去年は都合がついたので三人一緒に宮城に戻ってまた東京へ帰ってきたけれど、今年は俺だけ「予定を合わせる」と言えなかった。バイトの都合とは言ったけど、半分は細山のためだ。
 細山のことだからイベント日は一緒に過ごしたがるのはわかっていたけど予定を空けておく約束まではしていなかったから、念のため。
「スガ、クリスマスもバイトなの?」
「まだわかんないよ」
「バイトだったら今度こそスガの店行こうかなあ」
「何でそんなに来たがるんだよ」
「友達が働いてるとこ見たくなるじゃん」
「こっちが汗水たらしてる時に旭が呑気に飲み食いしてたら腹立つけど?」
「俺限定?!」
 それから大地の持ってきたバレー雑誌をめくって後輩たちの写真を見つけたり、大学の話を少しして、気がつけば終電時刻を回る頃だった。トイレに立った時に周りの客がだいぶ帰っていたことに気づいた。
「うわ、俺もう間に合わないや」
「じゃあ大地んちに……」
「旭んち方面はまだ急げば間に合うだろ」
 それぞれが携帯や腕時計で時間を確認しながら席を立つ。飲み屋の立ち並ぶ通りには駅へ向かうゆるい人の流れができていた。
「大地はいつも俺ばっかり!」
 文句を言いながらも旭も駅への流れに乗って大きく手を振って帰っていった。以前もこの店に終電ギリギリまで居座って、慌てて駅に向かったら旭しか間に合わなかった。徒歩でも困らない距離の大地の家に泊まることにして二人で改札に消えていく旭を見送った。
 学生向けのアパートにある大地の部屋と俺の部屋の広さは似たり寄ったりだ。俺の部屋はベッドを置いて、ベッドの下を収納代わりにしているけれど、大地の部屋は床に直接マットレスを敷いていて、俺の部屋より造り付けの収納が多い。元々荷物も少ないタイプだ。座卓と並べて置いたカラーボックスにバレー雑誌とテキストが詰まっていて、座卓の下には文庫本が積まれている。服はクローゼットと、部屋の角に置いたカゴに放り込んでいるからぱっと見にはすごく片付いている。
 久しぶりに来て自分の部屋の現状と比べると、本当に同じ広さだったか疑わしくなる。
 客用布団なんて丁寧なものはないので座布団を並べて予備の毛布を借りた。布団に一緒に入っていいとも言われたけど、それはダメだと思って断った。細山のことを打ち明けられない以上、説明はできないけど。
「そろそろ客用布団買うかな」
「そんなに誰か泊まりに来るか?」
作品名:スズメの足音(前) 作家名:3丁目