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【カイリン】十四歳の亡霊

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寂れたビルの一室、後ろ手に縛られ、首に制御装置をつけられた少女が、床に転がされている。男は、ゆっくりと少女に近づくと、口の端を持ち上げてその姿を見下ろした。

「よう、久しぶりだな、『シザーズ』」
「リンって呼んでよ。その名前は好きじゃない」
「そうかい。そりゃ悪かった」

リンはふてくされたように目を逸らすが、暴れる気配はない。どうやら『ジーニアス』が先に手を打ったようだと、男はほくそ笑んだ。

「寒くないか、リン? コンクリの床は冷えるだろ」
「気持ち悪い声、出さないでくれる?」
「随分だな。俺はお前の味方だぜ?」

男は膝を折ると、リンの顔をのぞき込む。

「組織に戻るのは嫌だろう? 酷い目に遭わされるもんなあ。連れ戻されるくらいなら、死んだ方がマシってなもんだ」

その言葉に、リンは顔を背けた。だが、抵抗はそれだけ。男は煙草の箱を取り出し、一本くわえる。

「俺が匿ってやるよ。心配すんな、誰にも見つからない、いい場所を知ってるんだ」
「・・・・・・テディベア」
「あん?」
「あたしのテディベア、返して。そしたら、何処にでも行くし、何でもする」
「テディ・・・・・・ああ、お前の熊か。何だ、取り上げられちまったのか? 可哀想に。あれは、お前の宝物だもんな」
「分かってんなら返して。あの子さえいれば、あたしはそれでいい」

火のついていない煙草をくわえたまま、男はニヤリと笑った。

「おいおい、随分聞き分けがいいじゃないか。そんなに逃亡生活はきつかったか? それとも、『ジーニアス』が言い聞かせたのか?」
「うっさいな。あんた、あたしの力が欲しいんでしょ? 協力してあげてもいいけど、組織に見つかったら、あんたに誘拐されて監禁されてたって言うからね」
「おお、怖い怖い。そうやって俺に罪を着せて、自分は命拾いしようってわけか。見かけより馬鹿じゃないようだ」

男は笑って、煙草を半分に捻り切る。

「いいぜ。ただ従順なだけより、ずっといい。仲良くやろうじゃないか、『シザーズ』」

その時、男の背後から足音が聞こえた。「遅かったな」と声を掛け振り向くが、カイト一人しかいないのを見て、眉をひそめる。

「おい、他の奴らはどうした」
「来てますよ、ちゃんと」

カイトはにこにこ笑ってそこに立っていた。何もおかしくはない。そう、『ジーニアス』は、仲間、だから。

「面倒くさいから、全員に集まって欲しかったんですよね。ごめんね、リン。巻き込んじゃって」
「いいよ、これくらい」

足下の少女が、ごく当然のように返す。
何かがおかしい。けれど、何が、おかしい、の、か、

「不思議だよね。制御装置を外してしまったら、『シザーズ』に関する全ては消えてしまうはずなのに、あんたは知っていた」

カイトは、にこやかに笑っていた。けれど、眼鏡の奥にある冷徹な瞳は、ひたと男に据えられている。

「詳細不明の能力者に協力を持ちかけられても、あんたは疑問に思わなかった。もっと言えば、「能力の詳細は不明」なんて説明、よく受け入れられるよね」

言葉は音として耳に届くが、その意味が掴めなかった。
カイトは相変わらず笑っている。その笑顔の意味を、自分は知って・・・・・・

「俺が組織から離れていても、誰も何も言わない。疑問を抱くことすらない。だって、『当然』のことだから」

そう、それは『当然』のことで、カイトが組織の裏をかいて、リンを確保しようと持ちかけてきたのも、『当然』のことで・・・・・・

「不思議だよねえ。そもそも『シザーズ』の効果を知って、誰も考えつかなかったのかな。切り離した後、偽の記憶を繋げたら、どうなるか」

にたーっと笑うその顔に、突然、男の記憶が繋がった。


知っている。俺は、この顔を、知っている。
それは、悪魔の


「うっ・・・・・・あ・・・・・・」

血の気の引いた顔で、ガタガタと震えだした男に、カイトは満足そうに頷いた。

「そうそう。『思い出した』かなー?俺に何をされたか。ま、偽だけどね」

一歩、カイトが近づく。男は逃げようとして尻餅をつき、怯えた目でカイトを見上げた。

「記憶を消すだけじゃ、気が済まなかったんだよね。まずは、あんたとその取り巻き。もちろん、組織も潰すけどさ。直接手を下したのは、あんただ。あんたが、全部奪ったんだ。事故を装って、自分の出世の為に」

カイトは屈み込むと、男の目をひたと見据える。

「だから、今度はこっちの番。全部奪ってやるよ。何もかも、全部」