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【カイリン】十四歳の亡霊

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鼻歌を歌いながら、リンはいつものように雑踏をすり抜けていった。誰かにぶつかったところで、相手はそれを認識できない。リンに関する事柄は全て、切り離されて消えてしまうから。

彼女は、誰にも知られない亡霊だった。この時までは。

「その熊、ぼろぼろだねー」

背後から声がして、突然手の中のテディベアを取り上げられる。息が詰まるほど驚いてリンが振り返ると、眼鏡を掛けた背の高い男が、器用に針と糸を操っていた。

「なっ・・・・・・何・・・・・・」

驚きの後は恐怖が押し寄せて、リンはその場から動けない。永遠の孤独に、突如他人が忍び込んできたのだ。それは、あるはずのないこと、あってはならないことなのに。

「はい、どうぞ」

男は何でもないことのようにテディベアを返すと、リンの横をすり抜けて歩き出した。

「あっ・・・・・・あ、あんた! 何!」

かろうじてリンが叫ぶと、男はひらひらと手を振って、

「通りすがりのピザの配達ー」
「はあ!?」

ふざけた返答にリンは怒りの声を上げるが、相手は人混みの中に紛れて消えてしまう。


なっ、何だよ、あいつ。まさか、まさか、追っ手・・・・・・。


すぐに、リンは自分が逃げ出してきた組織の存在を頭に描く。だが、それなら、何故自分をすぐに捕まえないのか。『シザーズ』がなければ、リンは無力な少女に過ぎない。存在を補足できれば、捕まえるのは簡単なことだ。


追っ手なら、逃げないと・・・・・・。


けれど、相手は自分を捕まえなかった。ぬいぐるみのほつれを直しただけ。男の意図が分からず、リンはテディベアを抱き締める。そのまま勢い良く向きを変えると、全速力で走り出した。



肩で息をしながら、リンは一軒の家の前で立ち止まる。すでに別の家族の手に渡ったその家は、元はリンの家族が住んでいたもの。この家からリンは学校に通い、遊び、喧嘩し、誕生日にテディベアを贈られたのだ。

けれど、もう誰の顔も思い出せない。

「記憶障害」、そんな簡単な言葉で片付けられ、リンは家族のことを何も思い出せない。確かにいたはずなのに、すっぽりと抜け落ちてしまっていた。まるで、切り離されてしまったかのように。
ぐっと歯を食いしばると、リンは歩き出す。もう此処には誰もいない。皆遠くへ行ってしまった。リンだけを置いて。


捕まるもんか。絶対に。


リンはテディベアを抱え、雑踏の中へと紛れ込んだ。