花結び、想い紡ぎ
「気分転換も兼ねて外に出るのもいいだろ。この辺りの山なら、鬼も出てこないから危険も少ないし」
「……はい」
煉が気兼ねなく誘うも、暁は『行かなければ……』と思って返答する。
気分が乗るか乗らないかに関係なく、これでは強制もいいところだが、暁は決して行きたくないと思っていたわけではない。
屋敷の中で居心地があまり良くないのを察して、気分転換に誘ってくれたと理解しているからだ。
それでも無理に言わせた感が否めないのだが、気分転換にはなるし、いい経験にもなるだろう。
そう思って、煉はそれ以上何も言わなかった。
「よし、決まりだ。
それじゃ、姉貴のところに行くぞ」
笑顔で暁の背中をばんばん叩くと、一方的に言い放ち、母屋へ向けて歩き出した。
その後を、郷が大股で追いかける。
いろいろと話したいことがあったのか、郷と煉はどこか楽しそうに話しながら歩いていく。
「……………………」
暁はなんとも言えない気持ちで彼らを見ていたが、やがて小走りに彼らの後を追った。
途中で彼らに追いつき、三人で当主の間に入ると、すでに鬼の討伐に出られる者全員が集合していた。
修練場は母屋から離れているため、招集に対して多少遅れてしまうのはやむを得ないことだった。
中には露骨な視線を向けてくる者もいたが、暁は敢えて気にしないふりをした。
(いくら当主のご子息だからって、一番の若輩者が最後に入ってくるとは……)
そんなことを言いたいのだろうと思ったし、それは自分自身が一番理解していることでもあった。
下手に構うとただでさえ胸に巣食う嫌な気持ちがさらに膨らむと考えて、目も合わせずに腰を下ろす。
部屋の中心に置かれた火鉢を囲み、白無垢の着物で統一した一族の面々が向かい合う。
とはいえ、一族と言ってもせいぜいが十数人。
綾率いる今回の討伐では幸いなことに戦死者が出なかったが、前々回……七日前の討伐では予想以上の数を揃えた鬼の軍勢に苦戦を強いられ、一族の者が三人、命を落としてしまった。
最盛期には三十人以上の者がこの屋敷で寝食を共にしていたそうだが、今では空き部屋が散見される有様である。
ここに来て一族の力が弱まりつつあることは誰もが感じており、そのためか、室内の雰囲気は思いのほか重苦しさを漂わせていた。
そんな雰囲気を打開するかのように、中心に腰を下ろした赤髪の女性――十二代目当主・綾が一同の顔を見回した。
真っ赤な髪を後ろに束ねた彼女は背丈こそ高くはないが、雰囲気は凛とした力強さを漂わせている。
先頭に立って鬼の討伐を行ってきただけあって、女性らしい嫋やかさなど微塵も感じさせない凛々しい顔立ちで、鋭さを秘めた眼差しで一同を見やる。
(……………………)
一番後ろで俯いている息子――暁に目を留めながらも、気にするでもなく一人一人の表情を確かめてから口を開いた。
「さて、全員揃ったことだし、始めるよ」
気さくな口調で、緊張感など感じさせない声音で言う。
『仮にも一族の当主ならば、もっと威厳に満ちた口調で、言葉を選んで話すべきでは?』という意見が寄せられたこともあったのだが、威厳で鬼がどうにかなるわけではないと綾があっさりその意見を切り捨てたため、こうやって気さくに話しているのだ。
実際、彼女は女と侮られるのを嫌って、わざわざ男の装備に身を固めて鬼の討伐に赴いている。
元来の男勝りな性格も相まって、周囲からはあまり女と見られていなかったりするのだ。
そんな彼女は三日がかりの討伐から戻ったとは思えないほど元気な様子だが、一族の者たちの手前、当主たる自分が弱いところなど見せられないと思って無理をしている部分も少なからずあるのだろう。
当然、そこに触れられるのが嫌だと分かっているからこそ、誰も『少し休まれては……?』と言えないわけだが。
「まず今回の討伐の結果だ。
忘我流水道の鬼は八割がた倒せたけど、奥にたどり着いても親玉の姿を確認できなかった。
とりあえず、数があれだけ減ってりゃ、当分はそっちから攻め入ってくることはないだろ。
帰る道中、他の連中とも話し合ったけど、次はあたしらが九重楼に向かおうと思ってる」
綾の言う九重楼は、都からやや離れた山間に位置する九層建ての塔である。
その頂は都を一望できる観光名所として知られていたが、鬼が跋扈するようになってからは鬼の巣窟の一つと化した。
都を滅ぼすべく機会を虎視眈々と狙っている鬼にとっては、都を一望できるような場所を手放したくはないだろう。
実際のところ、御橋一族だけでなく、陰陽師として名高い阿部晴明(あべのせいめい)率いる陰陽道の一派や、討伐隊として認められている者たちも鬼の討伐を行っている。
時に彼らと連携を取り合い、どの方面の鬼を討伐するか話し合いをすることもあるのだ。
九重楼は都にとっても重要な拠点と言える場所であるから、攻め入るにしても周囲の鬼の軍勢を討伐した後でなければ、取り囲まれて四面楚歌の状態に陥りかねない。
幸い、今回の討伐で忘我流水道から水路を伝っての援軍を断つことができ、他の勢力も九重楼に近い鬼の根城を壊滅させてくれたため、やっと九重楼に攻め入ることができるという状況となった。
「……で、九重楼に向かう人員なんだけど、前衛と後衛の割合が半々になるのが望ましいって考えてる。
面々としては、あたしと煉、郷、それから暁にしたい」
「……………………!!」
綾の言葉に、全員が息を呑んだ。
九重楼は、都にとって重要な拠点となる場所。それは誰もが知っていることだ。
だからこそ、腕に覚えのある面々で、確実に攻め落とせるようにするべきなのだ。
煉は綾に次ぐ実力者だし、郷は若いながらそれなりに腕が立つのでいいとしても、問題はやはり暁だろう。
「…………っ」
一族全員の視線が、最年少の少年に余すことなく向けられる。
刃のように突き刺さる視線に耐えかねて、暁は目を伏せた。
(僕が討伐に……いつか来ると思ってたけど、でも、九重楼は重要な場所だって……)
いよいよその時が来たのかと思いながらも、初陣でそんな重要な討伐に参加してもいいのだろうかという気になってしまうのだ。
当然、これには反対意見が出た。
「綾、九重楼の重要性はおまえが十分に認識しているはずだ。
意地でもその布陣で臨むと言うなら止めはしないが、おまえの考えを聞かせてもらいたい」
意見を述べたのは綾の兄・雄(ゆう)だった。
黒くも見える濃い緑の髪を肩口で切り揃えた青年で、高い背丈の割に身体つきが細いため、ひょろっとしているように見える。
彼は一族の中で珍しく戦いの素養に恵まれていないため鬼の討伐に赴くことはないが、代わりにイツ花と同様、屋敷の中から一族を支えており、綾に次いで一目置かれている存在だ。
他にも言いたいことのある者は多かったが、雄の言葉に同調するように頷くにとどまった。
『初陣でいきなりそんなところに行くなんて死にに行くようなものだ』とか『まともに戦えるか分からない奴を連れていくのか』とはさすがに言えなかったが、綾も暁も、彼らが暗にそう言いたいのだろうと場の雰囲気から察していた。
(どうしよう……やっぱり、僕なんかが出ちゃみんなに迷惑が……初陣でいきなりなんて……)