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【サンプル】この子、飼ってもいいでしょ?

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「この子をウチで飼わせてください!」
「いや、早苗」
「ちゃんと面倒見ますから!」
「そういう問題じゃなくてな」
「お願いします!」
「あの、だからな……」
 夕食後、早苗が拾ってきた動物を交えて全員が居間に集合した。
 以前もそうだったから、早苗が飼わせてくれと頼んでくるであろうことは予想していた。実際、私の目の前で早苗は深々と土下座している。それに対して、私は後先考えずに動物を拾ってきてはいけないと諭すつもりでいたのだが……その動物が問題だった。
 明るいグレーの髪に、同じ色の犬耳としっぽ。上は白のノースリーブで脇を出しつつ腕に袖も付けている。下は赤と黒のツートンカラースカート。頭の上に赤い山伏のような帽子を被っていて、瞳はそれと同じ色だった。そして首には黒いベルトが巻かれている。
「天狗じゃん、これ……」
 どう見ても白狼天狗です。本当にありがとうございました。
「天狗ですが、何か問題でも?」
「問題しかないだろ!」
 最近の早苗は常識に囚われなすぎているように感じる。
 教育を間違ったかな……それはともかく。
「えーと……君、前にどこかで顔を見た覚えがあるが、なんて名前だっけ?」
 私は早苗の隣で正座している白狼天狗に問いかけた。
「ワンワン」
 すると犬の鳴き声が返ってきた。
「いや、ワンワンじゃなくてさ」
「ワン!」
「鳴き声の回数の問題でも無くて」
「クゥーン?」
「ああもう! ちゃんとしゃべれよ!」
「きゅうーん……」
 私が怒鳴り声を上げると、白狼天狗は早苗の背後に隠れてしまった。早苗の背中から顔半分を出して涙目でこちらを見ている。
「ちょっと神奈子様! いきなり怒鳴りつけるなんてひどいじゃないですか!」
「ええっ! 私が悪いの?」
 そいつがちゃんとしゃべらないのが悪いんじゃん……なんで私が早苗に怒られなきゃならないんだ。
「よーしよし、大丈夫、大丈夫ですからねー」
 早苗は白狼天狗の頭を優しく撫でて落ち着かせてからこちらに視線を向けた。
「どうやらこの子はこういう風に調教されてしまっているようなんです」
「ち、調教?」
 何やら不穏な単語が出てきたぞ。少なくとも白狼天狗に対して使う言葉ではないはず。
「ええ。その上、飼い主に捨てられたみたいで、行くところもないみたいなんです」
 再び頭を下げて、早苗が続ける。
「だから、お願いします! この子をうちに置いてあげてください!」
「うーん……」
 どうしたもんかなあ。追い出すのも可哀想ではあるが、調教ってのがなあ……この子はうちに置いておくと後々とても面倒なことになりそうな気配しかしない。まったく、やっかいなやつを拾ってきたもんだな。
「お前はどう思う?」
 食後のお茶を楽しんでいる諏訪子に声をかけてみる。
「早苗がちゃんと面倒を見られるならいいんじゃない?」
 それだけ言って、諏訪子はまたお茶をすすり始めた。
 我関せずってことか。こういう面倒なことは嫌いだもんな、諏訪子は。
「もちろん私が面倒を見ますよ! おまかせください!」
 胸を張って高らかに宣言する早苗。
「……その言葉、本当だな?」
「はい!」
「神に誓えるか?」
「もちろんです!」
「そうか……」
 後に何が起こるかはわからんが、早苗がそこまで言うならまかせてみよう。
「よろしい。ではその子をうちに置くことを許そう」
「ありがとうございます!」
 早苗が本日三度目の土下座をした。
「わふん」
 白狼天狗もそれに合わせて同じように頭を下げた。
「それでは、早速この子を部屋に案内してきますね! 椛さん、行きましょう」
 ああ、思い出した。
 犬走椛。この白狼天狗は確かそんな名前だった。
「ワン!」
 早苗は椛を連れていそいそと居間を出ていった。
 その背中を見送り、二人が廊下の奥へと遠ざかっていく足音を聞きながら、私と諏訪子は同時に溜め息を吐いた。
「諏訪子、なんでお前まで溜め息を吐いているんだ?」
「だってさあ、神奈子、また忘れてるでしょ?」
「あ? 何をだよ?」
「早苗は毎回ああ言うけど、いつも三日坊主になるじゃん」
「……あ」
 そういえばそうだった。拾ってきたのがまさかの白狼天狗だったという衝撃ですっかり忘れてしまっていた。
「いやしかし、今回はただの動物じゃないぞ? 白狼天狗ともなれば早苗だって流石にちゃんと世話をするだろ」
「だといいけどねえ……」
 諏訪子はまたお茶をズズズとすすり始めた。
 その音が妙に耳から離れなかった。