真白物語
私たちが故郷シンオウ地方。コトブキシティでポケモンコンテストが開催されたのは今から三日ほど前のことだった。その日の結果は予想以上の好成績で、私が最優秀賞を獲得することが出来た。しかし、その日の公演を終了すると私たちはすぐに追っかけて、ここカントー・ヤマブキシティで開催されるミクリカップで公演をすることになっていた。
この物語を読んでくれている方々も、ミクリカップと言う名には聞き覚えがあることかと思われるが、ミクリカップとは私たちコーディネーターが敬愛して止まないコンテストマスター・ミクリ様が全国で開催、審査されるもので、その大会で見事最優秀賞に選ばれるとミクリ様から直々に勝利の証・アクアリボンを授けてくださるのである。
このアクアリボンは、コンテストが開催される地方ではどこでも通用するというものだから、ミクリカップが開かれる場所には全国各地のコーディネーターが集まるのである。私の隣を歩いているヒカリも、以前に一度最優秀賞を獲得している。
そういった経緯で私たちは今、ヤマブキシティの駅の前にいる。駅の近くにある食堂で少し遅いランチをすますと、ヒカリはここから歩いて十分ほどのところにあるカントー警察本部へ、私はポケモンセンターへと、そこでいったん別れたのである。きっかり午後三時にポケモンセンターの前で待ち合わせをする約束なのである。
彼女がカントー警察本部へ出向かうことはここに着く前から決まっていたことである。というのも、カントー警察本部に私の知り合いであるサトシが居ることはすでに述べたが、ヒカリの方が彼とはより親しく、彼女がコーディネーターとしてデビューしたてのときに彼とシンオウ地方を共に巡っていたという経緯がある。彼女にとってはとても大切な旧友という位置づけらしいが、私が見ているところ、彼女はサトシに対してそれ以上の好意を持っているのではないかと思われる節がある。
つい今しがた私と別れる時に見せた、さも嬉しそうな、それでいてどこか恥ずかしそうににっこりと笑ったその初々しい姿がそれを物語っていた。
手持ちのポケモンたちをジョーイさんに預けて、回復を待っている間に、待ち合いの席で雑誌を読んでいた私に、
「やあ、暫くだったね。元気だったかい?」
と、同じシンオウのコーディネーターである伊坂君が声をかけてくれた。彼の隣には恋人の久川舞の姿もあった。
伊坂君は名を圭亮と言って、身長は百七十センチ近くもある堀の深い顔立ちをした好男子で、女性のファンからすこぶる人気が高かった。今は恋人である久川舞とカントーのコーディネーター界でもっとも人気の高い星野紗江子のもとで修業をしていると聞いていた。
星野紗江子……彼女の本名は真木良子と言うのだが、今ポケモンコンテストというものに少しでも携わっている人であるなら、その名を知らない人は恐らくいないであろう。ここ数年でメキメキと売り出したコーディネーターだが、彼女と彼女のパートナーである三日月ポケモン・クレセリアが織りなす美しく、幻想的な演技は、コンテストマスター・ミクリ様とも対等に渡り合えるだろうともっぱらの評判であった。
彼女が売り出し始めたのは一昨年の今頃、とある地方で開かれたグランドフェスティバルで最優秀賞を受賞し、リボンカップを授けられたのにはじまり、彼女はカロス地方から帰ってきたばかりであった。さらに、彼女はその翌年も最優秀賞を獲得したものだから、このコーディネーター業界で確固たる地位を築き上げたのだ。
およそ若いポケモンコーディネーターはこの星野紗江子の弟子になりたいと念願するのだが、彼女は厳重に弟子を選択して、彼女の好みにあった三人の弟子以外は絶対にとらないのである。
その彼女の弟子である伊坂君たちが此処にいるところを見ると、彼女もどうやら、今回開かれるミクリカップに参加するようだった。
「こちらこそ、暫く……その後はどうかな?」
「まあ、そこそこね。我らが星野紗江子様のお陰で最近は仕事もだいぶ増えてきたんだぜ」
「あら、だめじゃない、そんなこと言っちゃ。紗江子さんに言いつけるわよ」
と、暗い影を落としながら皮肉る伊坂君に、恋人である久川が注意をした。
「それは困る、ごめんごめん。誤るから、彼女には黙っていてくれよ」
「分かったわ。だったら今日の夕食は二人きりで、ね……」
久川は私がいることを無視しているのか、自分の腕を伊坂君の腕に絡ませながら、猫なで声をあげた。
「これだから、君は。分かったよ……」
と、伊坂君が何かを言いかけたところに、ポケモンの回復を終えたであろう星野紗江子が私たちの前で美しい頬笑みを称えていたのである。
彼女――としはおそらく三十を一つか二つ出たぐらいであろう。肌の白くてきめの細かい肌、その肢体の美しさは他のコーディネーターを凌駕している。私は以前に何かの雑誌で見たのだが、彼女は没落した名家の令嬢であるらしく、その身のとりなしや、口のきき方に育ちの良さを物語っていた。
彼女に連れ添っていたのはマネージャーの東間久七、弟子の一人、三田村絵里であった。
「ああ、伊坂さん、久川さんもここにいらっしゃったのね。今しがた、ポケモンの回復が終わったからとジョーイさんが呼んでいらしたわよ……」
と、言いかけたところに、彼女は私に気づいて、
「伊坂さん、こちらは……?」
「ああ、先生。こちらはノゾミさんと言いまして、名前ぐらいはご存知かもしれませんが、私がシンオウ地方のコンテストに出ていたときの友人ですよ。彼女も三日後のミクリカップに出場されるそうですよ」
「まあ、そうなの。はじめましてノゾミさん。星野紗江子です。ミクリカップでは正々堂々と頑張りましょうね」
星野紗江子は美しい微笑を称えたまま、私に手を差し伸べた。
だが、私にはその美しい頬笑みが作為的に作られた、機械的なもののような気がして、違和感を覚えたものだが、そのときは私も強いて気にも留めずに、
「ええ、こちらこそ、お手柔らかにお願いいたしますよ」
と、私は彼女が差し伸べた手を握り返した。
そのとき、ジョーイさんからポケモンの入ったモンスターボールを受け取った伊坂君と久川舞が戻ってきた。
「それじゃあ、ノゾミさん。ごきげんよう……」
「はい。伊坂君も、また……」
「ああ、またな。コンテスト当日に会おう」
星野紗江子は私に向けて軽く会釈すると、伊坂君たちを引き連れてポケモンセンターの出入り口から出て行った。私はその姿を半ば茫然と見送っていたのだが、そのとき、ジョーイさんから、ポケモンの回復が終わったという報せが私のもとに届いた。
三.
私はこのとき、実に五年以上の間を置いてサトシと再会したが、年月というものがこうまで人の風貌を変えるものだと、私はあらためて思わずにはいられなかった。最後に彼を見たのは彼が十歳そこらの少年だったから、それも当り前のことなのだけど、少年のころの柔和な、浅黒い顔つきが大分凛々しくなって、背丈は私とほぼ同じといったところだが、挙動が敏捷で、引き締まったその身体はいかにもトレーナーらしい。見たところ、いかにも頼もしげな感じのする青年といった風であった。