真白物語
コンテスト会場によっては、ステージ・ショーの場合もあるし、ポケモンリーグのようにスタジアムのようなところもあるが、このヤマブキシティのコンテスト会場はステージ・ショーであった。ステージの傍らには審査員の席が三つほど用意されていて、一つはもちろんこのコンテストの主催者・ミクリ様のものだが、あとの二人はこの物語には直接関係がないから、ここで紹介するのは控えるとしよう。
この日に行われた、ミクリカップは大盛況であった。どの椅子もぎっちりつまっていた。客席の後ろの方には、高校生程度の男女も混じっていて、駆け出しであろう幼いトレーナーやコーディネーターの姿も見えた。
ステージに近い客席には、高貴な方のお顔もみえていたが、そこから少し離れたところにサトシと大岡先生がゆったりと席に腰をかけていた。
私はコンテスト会場に向かう前にポケモンセンターでサトシから大岡先生を紹介されたのである。少し細みで非常に背が高く、小鬢は少し白くなっているが、大きな、優しげな目をして鼻がたかい、なかなかの好男子であった。そして、その物腰が人品の良さを物語っていて、私ははじめから先生に対して多大な好意を抱いたのである。
さて、その大岡先生からまた少しはなれたところに、五十前後の血色のよい肌の、高級なスーツをきちんと着こなした紳士が席に腰を下していた。この人はカントー地方有数の名家である清水家の主人で、某大会社の重役でもある清水欣次郎氏である。清水欣次郎氏はあの星野紗江子のパトロンであって、自分の愛人が、このミクリカップでも最優秀賞を獲得するであろうことを夢見て、楽しみにしているのであろう。にこにこと笑って、上機嫌であった。
「ねえ、絵里ちゃん。今日もあの人が来ているわよ」
私たち出演者たちが控える部屋に久川舞が、伊坂君に手伝ってもらいながら衣装をつけている三田村絵里にささやいた。
「あの人って?」
「先生の恋人よ。清水さん、最近は毎回来ているわね」
「だって、清水さんは先生に夢中だもの。こないだも、先生がダイヤの指輪を清水さんから貰ったのをあたし見たわ。先生、今日はその指輪をつけてコンテストに出るみたいだし……あの人、あの年齢でまだ独身ですもの、先生と結婚でも考えているんじゃないかしら」
「へえ、絵里ちゃんよく知っているね。――ほら、これでどうかな……」
伊坂君が鏡を三田村絵里に見せながら言った。
「ええ、いいわ。ありがとう伊坂君」
「いえいえ、どういたしまして」
すると、久川舞が彼の手を引くと、妙に鼻につく声で、
「ほら、次はあたしの番よ。あたしの衣装つけるのに時間がかかるんだから……」
「もちろん、分かっているさ。だから早く衣装を持っておいで」
「ええ、じゃあ、ちょっと待っていてね」
と、言って久川舞は彼の腕から手を放したが、そんな二人の様子を見ていた三田村絵里の顔が、その白い衣装と比べて思いつめたような、悲壮感にあふれた暗い雰囲気を出しているのが私にはよく見えた。この三田村絵里もどうやら伊坂君に対して、単なる仲間以上の好意を持っていることは私たちから見ても明白であった。
「そう言えば、絵里ちゃん。先生どこに行ったか知らないかい。もうそろそろ支度をしなければならないと思うのだが……」
伊坂君が話しかけると、三田村絵里はハッとして、
「さあ、さっきトイレットに行かれたみたいけど……」
そんなことを言っているところへ、マネージャーの東間久七を連れた星野紗江子が部屋に入ってきたが、その眼は憑かれたようにうつろで、顔からは血の気が引いていた。
「あら、先生。どうかなすって」
三田村絵里がさけんで、星野紗江子のそばに駆け寄った。
「いいえ、三田村さん、私は大丈夫です。少し気分が悪くなっただけだから……それよりも、衣装に着替えなくちゃならないから、伊坂さん手伝ってくださる」
「はあ、でも私は舞ちゃんの手伝いをしなきゃならないので……」
「ああ、そうだったわね。だったら、三田村さん手伝ってくださる」
と、言った星野紗江子の表情にはすでに血の色が戻っていたようであった。
「はい、もちろんです」
そうして、星野紗江子と久川舞が衣装に着替えはじめたが、私たちは今までのやりとりに、ある種異様な感覚に襲われて、互いに顔を見合わせて、首を傾げたのである。
ポケモンコンテストは、一次審査と二次審査に分かれている。一次審査はポケモンのアピールを行い、その点数によって選ばれた八名が、二次審査に進むことができる。二次審査では、魅せることに重きをおいたポケモンバトルである(コンテストバトル)を行う。このコンテストバトルに勝ち上がったものが、栄光のリボン――このミクリカップではアクアリボンを手にすることができるのである。
私たちは一次審査のプログラムでも、最初の方であったのに対して、売り出し中の星野紗江子は、最後に出演することになっていて、プログラムには次のように印刷されていた。
(3)シンオウ地方 ヒカリ・ミミロル
(5)シンオウ地方 ノゾミ・ニャルマー
(中略)
(39)シンオウ地方 伊坂圭亮・ガバイト
(48)ハナダシティ 久川舞・クサイハナ
(49)ジョウト地方 三田村絵里・カメール
(50)ヤマブキシティ 星野紗江子・クレセリア
ヒカリが、うさぎポケモン・ミミロルとの演技がはじまって、時間も半ばほど経ったとき、客席にいるサトシと大岡先生の顔がほころびているのが、私には見えた。
この日までの三日間、彼女はサトシと大岡先生の三人でこの日のために準備をしてきたのだろう。実際、白いワンピース・ドレスを着てミミロルに指示をするヒカリの表情には、普段以上の美しさが芽生えていたように私には思えた。やわらかに照らされたステージの上を、まるで牛若丸のようにステージを跳ねまわって、自慢の冷凍ビームを放つミミロルのゼスチュアーも非常に洗練されていて、ミクリ様を含めた審査員たちも感心してほめたたえていた様子であった。
しかし、プログラムの最後に組まれていた星野紗江子の演技は、ヒカリよりもさらに観客と審査員たちの賞賛を博したのである。
審査員たちは、忙しなくメモをとりながら、
「いやあ、彼女の演技、私は大好きです。――どうやら、今回の最優秀賞はやはり彼女のものになるようですなあ……」
「そりゃ、絶対だね。彼女の演技を見ると、他の演技が霞んで見える」
「確かに、彼女の演技は実にビューティフルでエレガントに溢れているものだと思いますが……まだ、二次審査が残っていますからね、分かりませんよ」
「いやいや、コンテストバトルでも彼女に優る演技をするコーディネーターはいないでしょう。私は、今ここで最優秀賞を決めてもよいとすら思いますからな」
「そうですね。そうですね……私もまったく同感ですよ」
と、そんなささやきをかわしていた。