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真白物語

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「その犯人の目的って久川さんじゃなくて、私たち、ミクリカップに出場したコーディネーター、とりわけ、星野紗江子さんたちに関係があるんじゃないかなって……」

 私はヒカリの言葉を聞いてはじかれたように目を見張って、

「つまり、ヒカリはまだこの恐ろしいことが起こりそうと考えているんだね」
「ええ、なんだかそんな気がして怖くてならないの……」
「そんなことはないよ」

 と、サトシはたしなめるような口調になって、

「先生が探っているのだから、今に万事かたがつくはずだよ。だから大丈夫さ、ヒカリ」

 サトシがそう言って笑みを浮かべたとき、私も不意にかつて彼らがシンオウ地方を巡っていたときのことを思い出した。そういえば、二人はよくこの言葉を合言葉にお互いを励まし合っていたものだった。私は苦笑を浮かべてヒカリの方へと顔を移すと、彼女は頬を赤く染めて無言で俯いていたが、不意に立ち上がって席から後にしてしまったために、彼女が戻ってくるまでに私とサトシがその場に残されてしまった。
 サトシは暫らくヒカリを目で追っていたが、やがて深いため息を漏らした。私はそのことが妙に気になってしまったので、思い切って彼に訊ねてみた。

「ちょっと、ちょっと……サトシ、どうかしたのかい?」

 すると、サトシは苦笑を浮かべたその顔を私に向けると、

「さっきは、ヒカリを安心させたくてああ言ったんだけどさ。実は俺もヒカリと同じように思っているんだ。――ああいった、恐ろしいことがまだまだ続く、そんなような気がして……」
「事件のことかい?」

 サトシは私のこの問いに小さくうなずいて、

「もし、――もし、犯人の目的がコーディネーターだったとしたら、この先、ヒカリに害を及ぶようなことがあるかもしれない……それを、そのことを思うと俺は……」

 絶句して言い淀んだサトシを見て、私はなんと言ってやったらよいのか分からなからずにあれこれと考えていたが、彼には直接に言ってやった方がよい気がしたので、

「そう思うのだったら、サトシ……君がヒカリを守ってあげたらいいんじゃないのかい。君はここの警察官相手にポケモンバトルの稽古をつけている強いトレーナーなんだろう。そんな君であるなら、ヒカリを魔の手から守ってやれるはずじゃないか。そうだろう」

 と、少し力を込めて言うと、彼が少したじろんだので、私は矢継ぎ早に語気を強めてこう付け加えた。

「しっかりしなよ。――サトシ、君がヒカリを支えることができる唯一の人なんだからね」

 すると、サトシはようやく破顔して、

「なんか、昔もノゾミに似たようなことを言われた気がするよ」
「そうかな……もう覚えてはいないけど、そうかもしれないね」

 と言って、私たちは互いの顔を見交わして笑ったものである。ヒカリが戻ってきたのは、そのときであった。ヒカリは私とサトシの顔をそれぞれ見て小首を傾げると、

「どうしたの、二人ともそんなに笑い合って……」
「いや、サトシは君のナイトになるって話をしていたのさ」
「こ、こらノゾミ!」

 と、サトシが叫ぶのと、

「えっ――サ、サトシが――」

 と、ヒカリが頬を染めるのはほぼ同時であった。私はしどろもどろになる二人を見て少々悪いことをしたという思いが出てきて、

「ヒカリ、今のは冗談だよ、冗談」

 そう言って何とか二人を宥めすかしたものである。
 しかし、後々になって本当にサトシが彼女の、――いや、彼女だけではなく、私自身も彼に守られることとなろうとはいったいそのとき誰が予想できたであろう。
 そして、すでにこのときヒカリやサトシの言う恐ろしいことがすでに現実のものとなっていることも、私はそのときには考えもよらなかった。あの日私が出会った殺人鬼はすでに新しい血でその手を汚していたのであった。

       七.

 これから記すことは私自身が体験したことではない。後々になって大岡先生が所持していた資料に乗っていたことと、当時の新聞を見て書いたものだから、その実際はその事件の発見者・伊坂圭亮君に話を聞かねばならないのかもしれない。
 さて、私がヒカリたちと小休止したその日の夜のことである。まだ、ヤマブキシティのホテルに居て活動を続けていた星野紗江子の一行であったが、その日、清水欣次郎氏の家で彼女に関わる人すべて夕食を共にするという約束であったのだが、三田村絵里だけは姿を見せなかった。星野紗江子はこのことに関して清水氏の前では恋人である手前、笑顔を振りまいていたそうだが、実際は非常に気分を害していたようだった。そのため、伊坂君が忠告と様子を見るために彼女の部屋を訪れたのである。伊坂君は恋人を亡くしてから非常に落ち込んでいたそうだが、三田村絵里の献身的なまでの努力によって大分気持ちを取り戻していたらしい。
 彼女の部屋はホテルの十階にあって、伊坂君や久川舞が居た部屋の隣になっている。大きなホテルだから、その階に部屋は二十近くもあったらしいが、彼らの部屋はその階の中央にあるエレベータから近い場所にあった。
 しかし、伊坂君がいくらおとなっても彼女は姿を現さなかった。伊坂君は留守かとも思ったらしいが、部屋の中にはなんとなくではあるが人やポケモンのいる気配がした。そう思うと伊坂君は次第に気になっていた。未だ久川舞を殺した犯人が捕まっていないこともあって、そう言った不安は次第に大きくなったのである。
 そこで、ホテルのボーイに頼んで部屋を開けてもらってボーイと二人で部屋の中に入っていったが、中には誰もいなかった。その部屋は、ドアから入るとすぐ廊下になっており、その廊下の右側にトイレと一緒になったバスルームがある。彼らが入ったときには奥の寝室には三田村絵里の姿は見えず、テーブルの上に彼女のものであろうモンスターボールと化粧バッグが置かれていた。
 彼らはそのまま部屋を立ち去ろうとしたが、そのとき伊坂君の耳に三田村絵里のパートナーであるかめポケモン・カメールの鳴き声がバスルームの中から聞こえてきた。
 恐る恐るドアを開いてバスルームの中を覗いた彼らが見たものは、コンテスト衣装のまま浴槽の中に沈められた三田村絵里の無残な姿であった。浴槽のそばには、やはりカメールがすがりついていて、ずっと鳴き続けていたのか、その鳴き声はとても弱弱しいものになっていた。

 私が彼女の死を知ったのは翌日の朝のことであった。例にも漏れず、その日私はポケモンセンターで朝食を終えて読んだ新聞に彼女が殺害されたことが述べてあったのだ。
 そのときの私が受けた衝撃!
 私はわなわなとその両手が震えるのをどうにか抑えて、記事を読み進めていった。
 ミクリカップのときと同じ青いドレスのまま浴槽に沈められた死体。それはあたかも彼女のミクリカップのときに相棒であったカメールと一緒に演じた「ラ・メール」を模したものではなかろうか。そして、彼女の死体のそばにカメールを置いておくという残酷な方法を選んだということも久川舞のときと同じであろう。彼女の死が久川舞と同じ犯人によって行われたということは、素人である私から見ても明らかであった。
作品名:真白物語 作家名:Lotus