二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

真白物語

INDEX|18ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

「藤原家というのは、このカントー地方でも有数の名家でして、彼はその一人息子らしいのです。その時分、彼も私と同じようにカロス地方に勉強をしに来ていたのです。なんの勉強かはわからなかったんですけれども……私がその人と付き合いをはじめたのは、三年前の春からでございましたが、はじめのうちはとても良い方だと思っておりました。やさしくて、大変思いやりがあって、私のことも随分とよく面倒をみてくれていました。――でも、そのとき私の知り合いから彼に関してとんでもないことを聞いてしまいましたので……」
「その、とんでもないこととは、――?」
「はあ、あの、それが……」

 星野紗江子は耳たぶまで真っ赤に染めて、

「随分と、その破廉恥なことをする男だというのです。その方の恥を打ち明けなければならないので今は名前こそ伏せますが、その知人もすんでのことに藤原に暴行されようとしたことがあったというのです。そのときは未遂に終わったらしいのですけど、彼から酷い扱いを受けて泣き寝入りしている女の人が他にもまだたくさんいたようでした。――それで同じころカロス地方に居た知人の皆さん、大変心配してくださって、はやく別れるように言ってくださったのです」
「それはどういった方々ですか?」

 星野紗江子は二、三の名前を挙げたのを、ジュンサー警部はメモをとった。その人たちはいずれも有名なトレーナーやコーディネーターだったので、私も知っていた。そうすると、彼女の話は真実味を帯びているということになる。
 しかし、ジュンサー警部が質問したとき、清水欣次郎氏がじろりと彼女を睨みつけたのを私は見逃さなかった。

「ありがとうございます。それで、さっきの話の続きを……」

 ジュンサー警部に促されると、彼女はその顔をこわばらせて、

「それで、私も彼と別れる決心をしたのですけれども、どこまでも執念ぶかくくっついて離れないものですから、私、彼をうまくだましてそのままカントーに帰ってきたのでございます。本当のことを言うと、私はもっと向こうに長くいたかったのですが、それより他に方法がなかったものですから……」

 私は先生と顔を見合わせた。

「なるほど、それで……?」
「それで、私その人ともようやく縁が切れたものと思って、こちらに帰ってくるとまもなく欣次郎さんと懇意になるようになりました。さいわい、仕事の方も評判が良くなっていくものでしたから、私はすっかりその人のことを忘れていたのでございます。――ところが、あのミクリカップが行われた日に突然、彼が再び私の前に姿をあらわしたのです」

 彼女の言葉に熱がこもっていくと同時に私たちの顔色にもさっと緊張の色が厳しくなる。
 星野紗江子はくるしそうな眼の色になって、

「私はそのとき、眼の前が真っ暗になるような絶望感に襲われました。むろん、私は彼と口をきく気は毛頭なかったのでございますが、それなのに、それなのに……彼は私のそばに近寄ってくると、にやにやしながら耳のそばで、やあ、とうとう見つけたよ。君がこんなにも有名になっていて俺も嬉しいよ……と。彼の言葉を聞いた刹那、私はひどい吐き気を覚えたものですが、そのときは本番を控えていたのでどうにか辛抱したんです」

 なるほど、そういえば一次審査が始まる前に彼女が青い顔をして控室に入ってきたことを私は覚えていたが、これを聞くとその訳に納得がいったのである。

「それで、あなたはそのとき藤原泰久という人物となにか話しましたか?」
「はい、そのとき彼は私が嫌がるのを委細無視して私にもう一度一緒になってカロス地方に行ってほしいというのです。むろん、あたしは断りました。結局、その日は物別れになったのですけれど、それ以来、その人に付きまとわれることになってしまって……」

 星野紗江子は耐えきれなくなったのか、しきりにハンカチで眼をおさえていた。
 それをみかねて、清水欣次郎氏が彼女を自分の腕の中にそっと入れた。

「でも、でも……彼と話したその日に久川さんがあんなことになって、三田村さんも……!!」

 と、絶句したところで清水欣次郎氏が口を挟んだ。

「まあ、これでもういいでしょう。もうこれで犯人は分かったようなものでしょうから。私たちとしましては、出来る限りその藤原泰久なる男を早急に捕えることを望むのですが……」

 私たちはこの清水氏の言葉を聞いて顔を見合わせると、ジュンサー警部は小さく頷いて、

「それでは星野さんに一つお訊ねしたいのですが、その藤原泰久という人物はこのカントー地方に知り合いがあるという様子はなかったですか?」

 すると、星野紗江子はかぶりを振って、

「いいえ、私一向に……でも、彼の実家がタマムシシティにあると聞いたことがありますので、そこにいるのではないでしょうか」
「わかりました、御協力ありがとうございます。――ああ、そうそう、それともう一つ、その藤原泰久なる男の写真か何かお持ちですか?」
「はい、きっとそれを所望されるのだと思いましたから、ここに用意しておきました。――といっても、少し古い写真ですけど……」
「それでは、お預かりいたします」

 ジュンサー警部が写真の入った封筒を受け取って厳重にしまってそろそろ、ここから引き上げようと立ち上がった矢先、大岡先生は不意に星野紗江子のほうに顔を向けて、

「最後に奥さん、少しあなたについてお訊ねしたいのですが、あなたのご出身はどちらですか?」

 私には、先生がなぜこの場でそのような質問をされるのかがわからなかったが、この質問はまるで、この部屋の中心に爆弾でも投げ入れられたように、星野紗江子の顔色を変えるのには効果抜群であった。星野紗江子は睨みつけるように大岡先生を見据えて、

「その質問が事件に関係があるのですか?」

 と、出来るだけ口調を抑えるように訊ねたようすであったが、その唇は震えていることが私にははっきりと見て取れた。

「現段階では何とも言えませんが、もしかしたら、関係しているかもしれません。奥さん、どうでしょうか?」
「シンオウ地方のトバリシティですけど……」

 そのときの星野紗江子は、心底いやそうな、苦しげな眼の色をして答えたものだが、私はそのことよりも星野紗江子が私やヒカリと同じくシンオウ地方出身だということに非常な驚きを隠せなかったのである。
 大岡先生はこの答えにとても満足した様子で、

「そうですか……奥さん、答えて下すってありがとうございます」

 と、慇懃に頭を下げたのである。
 清水欣次郎氏の住まいを辞去して車に乗り込んだジュンサー警部は受け取った封筒から件の藤原泰久の写真を取り出して、小さくため息を漏らした。私は顔を見たくて助手席の方へ顔をのり入れた。
 なるほど、白い肌の上品な顔立ちをした、なんとも、いい男である。これならば、星野紗江子ほどの女性が一時期熱を入れていた理由というものが頷ける。しかし、この男の薄い唇が酷薄の相を表していると私は思った。

「まったく、――この藤原という男も……五年ほど前にカロス地方でさんざん浮名を流したあげく、いままた、昔の恋人を追いかけてその弟子たちを次々と……」
作品名:真白物語 作家名:Lotus