真白物語
「うむ……それで、シュウヤ君。心は定まったかな?」
「はあ……そう、ですね……」
「そうか、では、戻るとしようかね」
と、オーキド博士が言いかけたところにハナコがバリヤードと共に息を切らしながら駆け込んできた。
「か、母さん……」
「おや、ハナコさん、どうかなさったのかな?」
「そ、それが、博士……おかしな格好の人たちがいきなりやってきて無理矢理にポケモンたちを奪っていくのですよ。もう街中が大騒ぎで……」
「な、なんじゃと……」
瞠目して、オーキド博士はサトシと顔を見合わせた。
「それに、どうもあの人たちはここに向かっているみたいで、とりあえず報せようと思って……」
「そりゃあ、一大事じゃ、直ぐに出向くとしよう。――シュウヤ君、すまないがハナコさんと一緒にちょっとここで待っていてくれないか」
「は、はい……分かりました……」
ことがことだけにシュウヤも緊張を隠せないでいる。
「ああ、そうそう、ハナコさん。警察への連絡も忘れずにな……」
出掛け際にオーキド博士が言うと、ハナコは何も言わずにただ頷いただけであった。
三人が丘陵を下ると、道の向こうから八人ものものものしい出で立ちをした男たちがこちらに走り寄ってくるのが見てとれた。
ケンジがいささか顔を強張らせて腰のモンスターボールに伸ばしかける、その手を押さえつつ、サトシは八人を見据えた。
八人のトレーナーは既に、その手にモンスターボールを構えている。
その中の、三十代がらみの、身体の引き締まった男が、双方の距離が十メートル近くまで迫ってきた時に、
「おお、そこにいるのはオーキド博士ではありませんか?」
と、尋ねてきた。
「いかにも、わしがオーキドじゃが、君たちは一体どのような用件でこの街を訪れたのかな。――無理矢理に街のポケモンたちを奪うとは、まことにけしからん」
「ならば、博士、あなたがお持ちである三匹、すなわちフシギダネ、ゼニガメ、ヒトカゲをお引き渡しください」
「な、なんじゃと……」
「おとなしく渡していただければ、このまま引き下がりましょう……我々もなるべく穏便にことを済ませたいもので、あまり暴力は使いたくはない」
そう言って、八人のトレーナーは十数匹にもなる蝙蝠ポケモン・ゴルバットを繰り出した。
「おことわりする!!」
と、オーキド博士がかぶりを振ると、
「ほう、ならば仕方もない。少々強引な手を使うこととしよう」
いつの間にか、ゴルバットの群れが、サトシ達のすぐ近くへと押し出してきた。
サトシはこれを見つつ、小声で、
「ケンジ、狙いは研究所にあるなら、早く戻った方が……ここは、俺が引き受けたから」
「しかし……」
ケンジは一瞬ためらったのちに、
「分かった、それじゃあ、頼んだよ……」
「よし!!」
彼等のゴルバット達が道の左右に分かれて、ジリジリと迫ってきている。どうやら指示を待っているらしい。
ケンジはオーキド博士の手を引いて、研究所へと続く丘陵の道を引き退いて行く。
と、これに気付いた男たちが、
「行かせるな!!」
「止めろ!!」
などと、口々に叫んで、
「ゴルバット、エアカッター!!」
三十がらみの男の掛け声を皮切りに、数十匹ものゴルバット達から一斉にエアカッターがオーキド博士とケンジに向けて放たれたが、その技が二人に届く前に、サトシの肩から勢いよく飛んだピカチュウの電撃によって四散した。
中には運悪く電撃に命中して戦闘不能になったゴルバットも数匹いた。
「数は多い、油断しないでいこうぜ、ピカチュウ」
と、言うと、ピカチュウは力強い鳴き声をあげたものである。
「サトシさんたち、大丈夫でしょうか……」
研究室の椅子に腰かけて、不安そうにあたりを見渡すシュウヤが不意に呟いた。
「ええ……でも、博士もついていますし、もう少ししたらジュンサーさんたちも駆けつけてきてくれますから大丈夫ですよ、きっと……」
言いつつ、不安そうな表情を浮かべるハナコが、
「大丈夫ですよ」
と、自身に言い聞かせるようにもう一度呟いた。
四.
「クロバット、鋼の翼!!」
ピカチュウの上空に群がるゴルバットたちのリーダー格であるクロバットが急速に下降して、鋼鉄のような四枚の翼を打ち込もうとした。
ピカチュウの身体が、さっと後ろに飛び退いて、
「ピカチュウ、エレキボール!!」
十数匹にもなるゴルバットの内の二体がピカチュウの尻尾から放たれた光球を受けて、彼等が怯んだ一瞬の隙に上空へと飛びあがったピカチュウの一閃に、たちまち別の数匹が飲み込まれた。
「お、おのれえ!!」
「やれ、やっちまえ!ゴルバット、翼で打つ!!」
「毒々の牙!!」
喚きつつ指示されて、打ち込まれた翼や牙を受け流したピカチュウが、オオスバメのような速さで彼等に肉薄すると、その身体にアイアンテールを打ち込んでいった。
見事な速業である。
十数匹もいたゴルバット達はこの短時間の間に六匹にまで減らされていた。
残った六匹もピカチュウのあまりの早業に、戦意を失いつつあるようで、
「ひ、ひいっ!!」
と、いう叫びと共に、一人を除いて他の者共は悲鳴をあげてその場を去っていってしまった。
残っていた六体もそのほとんどがトレーナーを追って去っていく。
残されたのは先ほどサトシに語り掛けた中年トレーナーとそのポケモンであるクロバットのみであった。
「ち、畜生!!」
中年トレーナーの眼が怒りで血走ってきている。
「街の人たちのポケモンを返してもらおうか……」
「う、うるさい!!クロバット、ブレイブバード!!」
青白い光に包まれたクロバットが異常なまでの速さで突き進み、ピカチュウへと肉薄する。
「アイアンテール!!」
猛然と踏み込んだクロバットの必殺の一撃を、颯と横っ飛びに外したピカチュウから、鋼鉄の如き尾を思い切り叩かれた。
これで勝負は喫したのである。
体制を立て直して、振り返ったクロバットにピカチュウの必殺技・十万ボルトが放たれたのだ。
飛行タイプであるクロバットにとって、電気タイプの技である十万ボルトは効果抜群と言ってよい。
クロバットは呻き声もあげずに、その場に倒れ付した。
「ぬ……うぬ……」
震えながら呻きつつ、中年トレーナーはその場から逃げ去ろうと身を翻したのだが、いつの間にか回り込んでいたサトシがそれを阻んだ。
逃げるにはこの男を倒してゆかねばならいない。
「退け、退けい!!」
「ポケモンたちを返してもらうぞ!!」
「おのれぇ!!」
中年トレーナーは懐からナイフを取り出して、サトシの胸元目掛けて激烈な突きを入れた。
サトシは焦りもせずに一刀をかわすと、ナイフを持っている右腕をサトシが手刀で撃った。
「う、うお……」
右腕に焼けつく様な激痛を感じて怯んだ中年トレーナーの右腕を掴んだサトシが、
「えい!!」
気合いのこもった声をあげて組み伏せた。
「ぎゃあ、い、痛い痛い!!」
「もうすぐ、ここにジュンサーさんたちが来る。それまでは大人しくしているんだな」