真白物語
そう言ったサトシの声はすでに中年トレーナーの耳には届いてはいなかった。
遠巻きに辺りのポケモンが数匹、その様子を恐る恐る眺めていた。
五.
サトシが、ハナコとともに家に帰ったのは夜に入ってからだ。
気絶した中年トレーナーの身柄を駆け付けた警官に明け渡して、それから研究所の中で調べを受けた。
彼等に捕らえられていた街のポケモンたちは調べが終わったのち、持ち主の元に返されることとなっている。
そういった経緯で、シュウヤのポケモンの受け取りは翌日となった。
「とにかく、大事がなくてよかったわ」
くたびれながらも、どこかホッとした調子でハナコが言うと、
「うん、そうだな……」
言いつつ、サトシは
――あの中年トレーナー、どこかであったような気が……?
と、思いはじめていた。
中年トレーナーの顔や身体つきにというより、その格好やポケモンの扱い方といった印象に見覚えがあるような気がしてならなかった。
だが、それが思い出せない。
腕を組みながら考え込んでいたサトシであったが、結局それを思い出せぬままに部屋に入って眠りこんだ。
翌日の朝……
オーキド研究所で改めてシュウヤに対してポケモンと図鑑の受け渡しがおこなわれた。
シュウヤが選んだのは、蜥蜴ポケモン・ヒトカゲであった。
それからのち、シュウヤが旅立つのを見送ったサトシが家に帰ってくると、玄関にあらわれたハナコが、
「おかえりなさい。サトシ、シゲル君が見えているわよ」
「へえ、シゲルが……」
と、言って、居間に入っていくと、
「やあ、久しぶりだね。お邪魔しているよ」
振り返ってシゲルが言った。
このシゲルと言う男はオーキド博士の孫であって、サトシとは幼少のころからのライバルなのである。今はそのオーキド博士が名誉教授も務めているタマムシ大学に在籍し、携帯獣学を専攻としている。
色白で背が高く、切れ長の目と口が整った容姿端麗の青年で、幼少のころから女性に人気があって一時期は応援団を引き連れていたことをサトシは覚えている。
「よく来たな。いつ帰ってきていたんだ?」
「先週からね……昨日はちょっと用事があってニビシティで一泊してきたのさ」
「それじゃあ、タケシにも……」
「ああ、元気そうにしていたよ。サトシに会いたがっていたようだったな」
「そうか……じゃあ、会いに行かなきゃならないな」
サトシは懐かしそうな笑みを浮かべて言った。
すると、シゲルが妙に緊張した顔つきになって、
「それよりも、今日訪ねたのは少しきになることがあってね……」
「ん、なんだい?」
サトシもちょっと顔色を変えた。
「実はここに来る途中でジュンサーさんに会ったね、昨日のことを聞いたんだが……サトシ、ジュンサーさんが言うには、君が捕えた中年トレーナー、どうもあのポケモンハンター・Jの手下らしいよ」
「なんだって、あ、あのJの?」
「うん、なんでも、その中年トレーナーがそう喋ったらしい」
「そうか、そうだったのか……あの中年トレーナー、格好といい、ポケモンの扱いかたといい……以前にどこかで見たことがあるような気はしていたんだけど……あのポケモンハンター・Jの手下だったのか」
これですべて納得がいった。
サトシは、十年ほど前の出来事をたちまちに脳裏によみがえらせていた。
「その、ポケモンハンター・Jというのはどういう方だったの……?」
と、湯呑をテーブルに置いたハナコが尋ねた。
「どういう方だったか、と言われても……なあ、シゲル……」
「うん……あのJという女はシンオウ地方で他人のポケモンを強奪したり、保護区に住むポケモンを捕えたりして警察から指名手配を受けていたのですが……」
「まあ、そんなにひどい……」
「僕たちがあの女に出会って、そう、サトシと僕がシンオウ地方に居たころだったから、もう十年近くになるかなあ……」
「ああ……俺たちはそのとき、あいつがあるトレーナーのポケモンを強奪したところをたまたま見かけてね、それを取り返そうとしたのが、ことの始まりだったよ……」
六.
シンオウ地方では凄腕といわれただけあって、ポケモンハンター・Jの実力は、十歳のサトシでは歯が立たなかった。
そのときは、騒ぎが広がることを憂慮したポケモンハンター・Jが逃げ去ったことで事態は収まった。
「あのときは、ピカチュウもさらわれて、さすがに生きた心地がしなかったよ……」
サトシは震えるように呟いたものである。
それからも彼らは数回ほどポケモンハンター・Jと苦闘を行った。
「その、ピカチュウをさらったポケモンハンター・Jがこともあろうにギンガ団と手を組んで、伝説のポケモン・アグノム、ユクシー、エムリットを捕えようとしてね……」
「まあ、伝説のポケモンを……」
「ええ……J一味はリッシ湖のほとりで三匹を捕えようとして、成功はしたものの、ユクシーとエムリットが放った攻撃でやつらの飛行艇がリッシ湖に墜落しました。――その一件が終わったあと、僕はジュンサーさんたちと湖を捜索したのですが、飛行艇の残骸も奴らの遺体も発見できずじまいで……」
そのこと以来、ポケモンハンター・Jは姿を消したままで、死亡したと決着がついたのである。
「うん……俺もあの一件には深く関わっていたから、そのことは聞いてはいたけど……それにしても、まさか生きていたとは……」
「しかも、この街を襲うとはね……」
腕を組んだ二人が、すっかり押し黙ってしまったところへ、
「でも、そのJと言う人はまだ捕まっていないのだから……また、襲ってくるんじゃないかしら?」
と、不安そうに話すハナコに、二人はハッとして、
「し、シゲル……」
「うん、もしかしたら、今日にも襲うかもしれないな……サトシ、直ぐに研究所に行こう、どうだい?」
「よし、行こう!!」
サトシと、シゲルがあわただしく家を飛び出して、オーキド研究所へと駆け向かった。
オーキド研究所に着いたサトシとシゲルが、
「博士、いま帰りました。どこにいますか?」
と、おとなっても返事が返ってこない。
いぶかしんで、研究室に入ったサトシとシゲルは、ぐったりと倒れているオーキド博士とケンジを発見した。
部屋の中もひどく荒らされていた。
「し、しまった……」
二人の姿を見て、シゲルはうめき声を発した。
すでにJ一味はここを襲って、目当てのゼニガメ、フシギダネを奪い去っていったとみえる。
その証拠に、二匹が入っていたモンスターボールが消えていた。
サトシは、
「博士、博士……しっかりしてください」
気をうしなっているオーキド博士をゆさぶったが、起きる気配がない。
シゲルはケンジを抱き起こして、
「こうなってしまっては、ヒトカゲも危ない。――奴らはまだ、この街の近くにいるはずだから、サトシ、早く!!」
「分かった!!」
「よし、頼んだよ」
七.
サトシは、研究所を出てから街の人たちにシュウヤの行った道を尋ねて歩きながらマサラタウンから少し離れた木立の中へと出向いていった。
すると、そこでは……