真白物語
「あの男は現在犯行を否認しているんです。確かにあなたとヒカリさんを襲わせたのは自分であるけれども、それまでの殺人については自分は決して関係がないと。あのミクリカップのとき、自分の興味はあんな年増の星野紗江子――言ったのは彼ですよ。私ではありません。――よりも、若く美しいヒカリさんに向けられたのだと」
そこで、私はより興奮を強めて、
「そ、それじゃあ、私を襲わせたのは――!!」
「そうなんです、そのためにあなたを襲わせたのです。無二の親友のヒカリさんが追ってくることを見越して――彼女が追ってきたら二人とも一網打尽、ヒカリさんは藤原がとって、あなたは部下にくれてやる算段だったと彼は言っていたようです。――まったくあの男どもはとんでもない色情魔ですよ」
彼は顔を真っ赤にしながら憤慨していたが、私の憤慨も彼以上であった(当事者なのだから当然と言えば、当然なのだが――)。あの男は一体私たちをなんだと思っているのであろうか!! 八つ裂きにしても飽き足らない――そんな憤懣やる方ない思いを抱いていると、ふとヒカリのことを思い出して、
「ヒカリに、このことは言ったのですか?」
すると、彼はかぶりを振って、
「いえ、サトシ君に口止めされていますから。――自分のためにあなたまで襲われたなんて知ったら、きっと傷つく。ヒカリは優しい人だから、とね」
「そうですか、それは良かった。正しい判断だと思います」
私はホッとして胸に手を添えた。
「ところで、藤原はあの殺人には関係ないと言っているとあなたはさっき仰いましたが、警察ではそのことについては――?」
それを問うと、東間さんは溜め息を漏らした。
「ジュンサー警部によると、完全に彼の証言を信じているわけではなさそうでした。まあ、ああいった男の証言はなかなか信じてもらえないでしょう。ですから、彼の犯行時刻の行動――アリバイと言うんですよね、確か――を含め、色々と捜査しているようです。ですが――」
そこで彼はちょっと言い淀んで、
「おそらく、彼の行っていることは間違いないのでしょう。少なくとも、私はそう思っています」
「どうしてですか。何か根拠でも――?」
すると、彼は今朝の新聞を広げて、
「昨日の夜のことですが、清水欣次郎氏が殺されました――絞殺です。警察では前の事件との関係も含めて捜査しているようですが、やはり同一人物の犯行だと思います。藤原は昨日朝からずっと警察署に居たわけですから、彼に犯行は出来ません。となると、前の事件も彼の犯行ではないということになりますね」
私は彼から受け取った新聞を読んで愕然としてしまった。そして、その時の思いをそのまま彼に吐露したのであった。
「では、では――犯人は一体誰なんでしょうか。藤原でなければ――」
「わかりません。私はてっきりあの男が犯人だと思っていましたよ」
私は苦笑しつつ、溜め息を漏らして、
「これでまた、振り出しに戻ったわけですね」
すると、東間さんは身を乗り出して、
「大岡さんは何か仰ってはいませんでしたか?」
「ええ、そういったことは何も――およそ秘密主義なんですよ、あの方は。古今東西の名探偵は自分の考えというものを、その一切が白日のもとに晒されない限り言わないみたいですね。あの人はあなたの主人がこの一連の殺人に関係があると見て、今は彼女の故郷を訪ねていますよ」
すると、東間さんは暫らく腕を組んで考え込んだのちに、
「やはり、大岡さんは星野さんを疑ってらっしゃるのでしょうか。――いえね私、大岡さんから電話をいただきましてね、星野さんの実年齢は実は四〇を過ぎているのではという事と、実は星野さんは以前に結婚の経歴はありませんでしたかという問い合わせでした。それだけ聞いたらお礼を言われて、すぐにお電話を切られたのですが――」
この東間さんの発言に、私はギョッとして声も出なかった(それはまるで、頭に鉄の杭でも打たれたようであった)が、ややあって、
「そ、それは――その二つのことは本当のことですか?」
「私は、二つ目のことは知りませんが、一つ目は本当です。化粧ともとからの美しさで三〇そこそこにしか見えませんが、実際は四一だったかな、とにかく、四〇を超えているのは間違いありません」
「そ、そうだったのですか、私はてっきり――」
「あの人はそれを恥じて、公式の場では年齢のことは話しませんからね。誤解される方も本当に多いんですよ」
東間さんは笑って言っていたが、私はここで大岡先生に大いに疑問を持ったものだった。――確かに、星野さんが四〇を超えていることや過去に結婚の報告(これはまだ未確認ではあるが――)があったとして、それはコーディネーター業界ではなかなかのスキャンダルかもしれないが、それがこの事件とどういった関係があるのだろうか。確かに星野さんはこの事件に大いに関係のある人物かも知れないけれど、彼女のプライベートに事件を解く鍵があるのだろうか――?
「しかし、――」
私は自分の考えの中に入り込んでいて、危うく東間さんの言葉を聞きそびれるところであった。
慌てて、彼の言葉に耳を貸すと、
「清水氏はともかく、星野さんにあの二人――つまり自分の弟子を殺す動機があるとは思えないんですがねえ」
「ええっ、星野さんには清水氏を殺す動機があるんですか!」
彼はこっくりと頷いた。
「よく聞く話ですが、遺産ですよ。清水氏の遺言状に遺産を全て星野さんにと書かれていたものですから――もっとも、彼に近親者が一人もいないためでもあるのですが。――総額数億円という金額が彼女のものになるわけです。コーディネーターという職業は見た目の派手さと打って変わってあまり儲けは少ないようですが、これで彼女も一躍資産家の仲間入りというわけです。警察でもその線でも捜査をしているようですよ。つまり、前回までの犯行と今回の清水氏の犯行は別人の手によるものではと――」
私は東間さんの発言を最後まで聞いていることができなかった。本日二本目の鉄の杭を頭に打たれたような錯覚を覚えたからだ。
総額数億円の遺産!! よく推理小説などでは遺産目当ての犯行が描かれている。数億円という値段は、確かに人を殺す理由にはもってこいではないか!
確かに、私たちコーディネーターは見た目の派手さと打って変わってそんなに儲かる商売でもない(それはポケモントレーナだって言えることかもしれないが)。コンテストの優勝賞金はあるものの、それは自分やポケモンの衣装代、ポケモンをより美しく魅せるために、木の実、エステなど、それらを実費で賄わなければならないのだから、出る者も大きいのである。しかし、しかし――それでも、彼女が、星野さんが――ああ、なんという恐ろしいことだろうか!!
「いま、星野さんは警察で事情を聞かれていましてね。だから、私もあなたのお見舞いに来る時間を得ることが出来たのですが、タイミングが良くて何よりでしたよ――」
と、ここで東間さんは左腕につけてる腕時計を見やって、