真白物語
石のように固められたヒトカゲが収められた、透明な入れ物を抱きかかえている四十がらみの、全身黒ずくめの服に身を包んだ女がいた。
その足元にはシュウヤがうつ伏せに倒れていた。
「し、シュウヤ君!!」
声を聞いて、サトシのほうに顔を振り向けた女が、
「ふっ、来たな……この坊やはどうしてもヒトカゲを渡さないというものでね、少々痛い目にあってもらったよ。くっく、くく……」
「J、き、貴様……ゆ、許さん、ゴウカザル、君に決めた!!」
火炎ポケモン。ゴウカザルはモンスターボールから放たれるや、大きく咆哮して、Jを睨みつけた。
「ふん、それはこっちの台詞だ!!」
と、言って、Jが繰り出したのは化け蠍ポケモン・ドラピオンである。
ドラピオンは両腕を構えて猛然と襲いかかってきた。
飛びかってかわしたゴウカザルが振り向きざまに、
「ゴウカザル、炎の渦!!」
「ミサイル針!!」
放たれた強烈な炎の渦は、これも振り向きざまに放たれた無数の針と衝突し、爆煙を巻き起こした。
ゴウカザルは、じりじりと間合いをせばめていって、
――いまだ!
と、思ったその瞬間に、木の葉が落ちる地を蹴って、
「マッハパンチ!!」
すばやく右拳を突き入れたゴウカザルが激しく一、二度ドラピオンと打ち合って、
「何をしているドラピオン、破壊光線だ!!」
息もつかせず、放たれた必殺の一撃は、焦っていただけに右足を引いたゴウカザルが、顔面すれすれにかわした。
破壊光線は放って後、少しの間反動で動けなくなる。
サトシは、すかさずに、
「今だ、ゴウカザル、フレアドライブ!!」
その身をよじって、炎を纏いながら回転して迫るゴウカザルの一撃が急所に打ち込まれて、ドラピオンはもんどりうって転倒した。
だが、さすがに一流のポケモンハンターが扱うポケモンだけであって、この一撃をもってしても致命傷を与えることはできなかったようで、
「ドラピオン、ミサイル針!!」
立ち上がったドラピオンからミサイル針が放たれて、ゴウカザルはかわしきれずに両腕を交わして、その攻撃を受けた。
「辻斬り!!」
ドラピオンはその巨体とはそぐはない速さでゴウカザルに踏み込むと、片腕の爪を頭部に打ち込んだが、
「ゴウカザル、頭を後ろに引いて……!!」
と、サトシに指示されたゴウカザルは、とっさに上半身を後方に引いて辻斬りを避けると、
「そのままドラピオンを思い切り投げ飛ばせ!!」
打ち込まれた腕を両腕で抱えたゴウカザルは渾身の力を込めてドラピオンを肩に担いで前方に投げ倒した。
地面に強く叩きつけられたドラピオンは、異様な悲鳴をあげて動かなくなった。
と、そのとき……
Jがゴウカザルに向けて左腕にある機械を向けていた。
この機械はJがポケモンを捕えるときに用いるもので、それと気付いたサトシに指示されて、ピカチュウが放った一閃は、狙いすまされたように機械に命中した。
Jは軽く舌打ちをすると、自身の飛行手段であるドラゴンポケモン・ボーマンダを放って逃亡を図ったが、サトシはこれを見逃さず、
「ゴウカザル、Jを絶対に逃すな。アクロバットを使って大きく跳びあがれ!!」
ゴウカザルは軽業師のように大きく跳躍すると、
「マッハパンチ!!」
上昇を続けるボーマンダの位置にまでとどくと、ゴウカザルは、右拳をボーマンダの身体に打ち込むと、息もつかせず、
「フレアドライブ!!」
その身をよじって、炎を纏いながら回転して迫るゴウカザルの一撃が急所に打ち込まれて、たまらずボーマンダは墜落した。
ポケモンハンター・Jは墜落したボーマンダから、尚も逃走を図ったが、Jの背後に回り込んでいたサトシに拳を打ち込まれて、
「うっ、うう……」
低く呻いて、Jはその場に突っ伏した。
「お前をこのまま逃しはせん、己の悪行を思い知れ!!」
と、気絶したままぴくりとも動かないJに吐き捨てるや、サトシはゴウカザルに向き直って、柔和な笑みを浮かべると、
「ありがとな、ゴウカザル。よくやってくれた……ゆっくりと休んでいてくれ」
と、言うと、破顔したゴウカザルをモンスターボールに収めた。
ちょうど、その頃……
中年トレーナーの自白から、トキワシティから外れた空き家に居たポケモンハンター・J一味がカントー警察本部の警察官たちに急襲された。
「て、手入れだぁ!!」
一味の者もポケモンを使って迎え撃ったが……。
まっ先に飛び込んできたカントー警察本部のジュンサー警部のウインディがたちまちに一味のポケモンを叩き伏せてしまったものだから、思いのほか簡単に、一味の者九名を逮捕できた。
その際、オーキド研究所から奪われたフシギダネ、ゼニガメの二匹も救出された。
八.
二日後に、シュウヤはマサラタウンを発った。
サトシとシゲルはマサラタウンから一番道路へと通じる道を抜けるところまで、シュウヤを見送った。
日は高くのぼって、道ばたには可憐な秋草が群がり咲いていた。
「いや、どうも……すっかりお世話になってしまいました」
面目なげに頭を下げつつ、シュウヤが、
「それにしても、あのJという奴はなぜヒトカゲたちを狙ったのでしょうか?」
「さあ……だけど、Jが自分の考えで狙いをつけたとは思えないから……僕が思うに、どこかの好事家が金を出していたのだろうね。――例えば、カントー有数の富豪、高名な医者や科学者……残念だけど、こういった人たちの中にはコレクターが大勢いると聞くからね……」
「しかし、それが発覚してしまったらただではすまないんじゃ……」
「そうかな、J一味が口を開かなかったら、闇から闇だよ……彼らも、そこは腹を括っているだろうから」
「ははあ……」
すると、サトシがシュウヤの肩に手を添えて、
「まあ、そういったことはジュンサーさんに任せて、むりはしないことだよ。それよりも、ここからトキワシティまでの道のりにも野生のポケモンが多くいるから、気をつけて……」
「サトシさん……ありがとうございます」
「また、いつでも帰っておいで」
「はい、では、そろそろ……」
丘陵の道をまっすぐに上っていくシュウヤは何度も振り返りながら、トキワシティの方へと遠ざかって行った。
そのとき、強い風が吹きわたった。
道端に咲く秋草がそよぐ音を聞きながら、シゲルが、
「なあ、サトシ……こうして、彼の姿を見ていると……昔の僕たちを思い出すなぁ」
「うん、そうだな……」
と、サトシが答えると、彼の側にいるピカチュウがすこし嬉しそうに小さく鳴いて、目をあげてサトシの顔をみた。