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真白物語

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Episode.2 大岡越司


       一.


 その日の夕暮れ時――ヤマブキシティの中心街にあるカントー警察本部の前にサトシの姿を見ることができた。
 サトシは半月ほど前から一日置きに、カントー警察本部の警察官相手に稽古をつけることになった。
 と、言うのも、ここに勤めているジュンサー警部は以前、トキワシティで勤務していたこともあって、かねてより交際があった。
 その彼女がポケモンハンター・Jを倒したサトシに、

「どうかしら、このまま風来坊として過ごすのもいいとは思うのだけれど……あなたの腕前を私たちに貸してはくれませんか?」

 と、言い、サトシもこれを承知した。
 サトシの母であるハナコも、これに対しては喜びを見せている。
 サトシはここまで、バスで行き来をしているのだが、この日も例にも漏れず、トキワシティへと向かうバスの乗り合い所へと行くつもりで、カントー警察本部に通じる道から表通りへと出た。
 出たとたんに、行きかう人々の中から、サトシは同じ方向へと杖に寄りかかりながら歩いている一人の老トレーナーを見かけて、

「あ……」

 と、思わず駆け寄った。

「せ、先生……大岡先生ではありませんか」

 声を掛けられて、老トレーナーも後ろを振りかえった。
 歳は六十代半ばといったところか。背が高く、少し瘠せた体躯ではあるが、その容貌は見るからに温和な、それでいて知性を兼ね備えているから、実に好ましい印象を与える。
 この老トレーナー・大岡越司は、かつてカントー警察本部の捜査課長だったという経歴の持ち主であって、サトシは数年前に、彼からいろいろと教えをうけていたことがあった。

「おお。サトシ君か、久しぶりだな……」
「お久しぶりです。その後、なんの連絡もしないで申し訳ありません……」
「いや、いや。元気ならばそれで良いさ……ところで、いつカントーに帰ってきていたのだね?」
「一か月程前に……今は一日おきにカントー警察本部におもむいて、警察官の方々に稽古をつけることとなりました」
「ほう、それは何より……よかったなあ、サトシ君」

 そう言われて、うれしそうに頬を染めたサトシが、

「ところで、先生はどういった御用でカントーに……?」
「ふむ、それがな……昔いっしょに働いた男が重い病気にかかったと便りがきてね――サトシ君は覚えているかは分らないけど、以前よく訪ねてきてくれた村田十三という男だがね……まあ、心配になって見舞いにきたのだよ」
「そうでしたか。その方なら俺もよく覚えていますよ。いつも、お菓子を差し入れに持ってきてくれた……それで、その方は?」
「まだ予断こそゆるされないが、医者が言うには、養生しだいでは大分よくなるらしい。しっかりとした娘さんもついていたから、まずは一安心だな……」
「それはなによりです」

 サトシも心底ほっとしたように言うと、

「それで、暫くはカントーに滞在しようと思ってね」

 そこで、病院をあとにした大岡越司が、その足で、宿を探しに向かう途中、サトシと出会ったことになる。

「それでは、先生……私の家にお泊りになってはいかがでしょうか。いや、是非そうしてください。母も常々、大岡先生にお会いしたいと申しておりましたので……」

 大岡越司は、少しほほえんで、

「ありがとうサトシ君、それは本当に助かる……よろしく頼むよ」
「はい。あともう少しでトキワ行きのバスが出ますのでそれに乗りましょう」
「ああ、分かった」

       二.

 大岡越司とサトシが出会ったのは、今から七年ほど前のことだ。
 その年に、彼がカントー・ポケモンリーグで優勝を果たして、マサラタウンの実家をぶらぶらとしていたが、一年も経たないうちに、ふらりと遠い地方へと渡った。そして、街々を放浪していくうちに、ふとしたことからその地方に住む伝説のポケモンを狙う秘密結社と争って、次第に深みへおちこんでいった。
 もしもそのまま何事も起こらなかったら、かれもその秘密結社の凶手に倒れることになったであろうが、たまたまその時分、その地方に居合わせていた大岡越司にかれは救われたのである。
 大岡越司は、警察と協力してその秘密結社の悪事の証拠をつかんで、彼らを壊滅へと導いたのである。しかも、サトシが彼らの狙う伝説のポケモンと親しくなったというから、その地方の人々はあっとばかりに驚いたり呆れたり、これまでは存在を知られていなかった二人は、たちまちに一種の英雄に祭りあげられた。
 それから、二人はあるポケモンバトル大会入賞者の席上で再会した。
 そのときに、ポケモントレーナーとしてもっと強くなりたい、とサトシは大岡越司に申し出た。
 と、言うのも、凄腕ぞろいとまで噂された秘密結社の幹部たちに二人が襲われた際、これを越司が素早く打ち倒したさまを見ていたからである。
 それは兎も角、サトシの申し出に対して越司は、

「それは、かまわないが……今すぐにと言うわけにもいかない。私はこれから直ぐに引き上げるが、君はもう少しこの地方を巡りたいのであろう。だったら、カントーに戻ってきたときにここを訪ねてくれ。そのときは君の力になろうじゃないか」

 こういって、大岡越司はそれから間もなくカントー地方へと帰ったが、サトシは数か月ほどその地方を巡った。そして、カントーに戻ってくると、すぐマサラタウンからジョウト地方・キキョウシティの越司のもとを訪れた。

「さて……と、これから君はどうするつもりかね」
「俺……チャンピオンリーグに出場して、チャンピオンや四天王と戦いたと思います」
「なるほど、それもよかろう。だが、それは――君だけが望むことなのかね」

 と、半ば問い詰めるような口調で大岡越司は言った。
 これに対して、サトシは暫らく目を見開いてぼんやりとしていたが、やがて傍らにいるピカチュウにその気持ちを聞いたところ、ピカチュウも当然だと訴えるように鳴いた。
 これに対して衞十郎はふむと、感心したようにうなずいた。
 ピカチュウが答えると同時に、サトシの腰に付いている五つのモンスターボールがカタと動いたからである。
 ――自分たちもそれを望んでいる。
 モンスターボールの中にいるポケモンがそう答えたように衞十郎は思えた。

「よろしい。では……君たちの望みに応えられるように、この大岡衞十郎、精一杯努めさせていただこう」
「どうぞよろしくお願いします」

 サトシは力強く答えると、慇懃に頭を下げた。
 それからおよそ五年、大岡越司のもとで厳しい修業を続けた彼は、その年に、チャンピオン・リーグに出場し、そこに在籍している四天王と試合を行った。
 サトシとポケモンたちの夢がここに叶ったといってよい。
 サトシは数カ月の間に二人を勝ちぬき、三人目に相手となった格闘使いであるトレーナー・シバのカイリキーによって敗れた。
 しかし、ほとんど無名に近かったサトシの、その見事なまでの戦いぶりは、当時トレーナーたちの間で高く評価されたのである。
 そして、その勝負が終わった後に、大岡越司はサトシを呼び出していった。

「いったん、カントーのお母さんのもとに帰りなさい。そして、これからはまた様々な地方を巡って、見聞を広げるといい」
作品名:真白物語 作家名:Lotus