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真白物語

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 彼は、それを聞くと慌てもせずに屈託のない笑みを浮かべて、

「俺が、このような舞台に出ることができたのも先生のお陰です。本当にありがとうございます」

 そう言って、大きく頭を下げた。
 サトシはそれより、一度マサラタウンに帰った後、再び武者修行の旅に出て、大岡越司はシンオウ地方・ハクタイシティへと去っていった。
 その時より、足かけ三年ぶりに、二人は再開したのである。
 二人が、バスに乗ってトキワシティに着くと、そこからは徒歩でマサラタウンまで行かねばならない。
 木立にかこまれた道をぬけて、マサラタウンの街道にさしかかったとき、吹きすさぶ木枯らしに彼らの後ろに立つ木々の葉が叩き落された。

       三.

 サトシが、大岡越司をともなって自宅に帰宅したとき、日が暮れてあたりはすでに暗くなっていた。
 玄関先で、サトシから大岡越司を紹介されたハナコは、

「まあ、これは、これは……」

 かたちをあらためて、

「そのせつは、息子が大変お世話になりまして、ありがとうございました」

 丁寧にあいさつをするや、

「いや、これはどうもご丁寧に……」

 と、大岡越司も両の手を膝においてゆっくりとあたまを下げるようすは、抜群の力量を持ったトレーナーとしていささかも驕ったところがなく、サトシが見ていても、こころよかった。
 さて、それから……。
 三人で夕食をともにしていたとき、サトシがこれまでのことを語り終えると、ハナコはこころよく引き受けて、

「ええ、もちろんですよ。この家でよければ何日でもお泊りになってください」
「ありがとう、ありがとう……」

 大岡越司はうれしげに何度もうなずいて、

「それでは当分のあいだ、ごやっかいになります……」
「息子も二日に一度は外に出ますし、わたしも研究所のほうでお手伝いに行かなければならないものですから、行き届かないこともございましょうが……」
「いえ、そんなことはかまわないのですよ」

 食事を終えて、夜もふけると、大岡越司は自分の寝室としてあてがわれた二階の一室で、一人寝床に入ると、急に疲れた気持ちとなってすぐに健やかな寝息をたてはじめた。
 翌日の昼過ぎには雨が降りはじめていた。
 昼食を終えたサトシと越司は居間のテーブルを挟んでポケモンについて語り合っていた。
 ハナコは昼食を用意するとオーキド研究所へ手伝いに赴いていた。
 窓の外では薄墨色の雲から、雨が激しく窓を叩きつけている。
 二人が語り合ってから一時間がたとうとしたとき、玄関の扉が開いた音が二人に聞こえてきた。
 二人はハナコが帰ってきたのであろうと思っていたのだが、

「こんにちは……サトシ君、いるかしら?」

 と、玄関先から聞こえてきたのは、ジュンサー警部の声であったので、サトシは大岡越司と顔を見合わせてから玄関におもむいた。
 やがてジュンサー警部は居間で、二人と向かい合って座っていた。

「大岡先生、随分ご無沙汰しまして……」
「いた、こちらこそ、君も元気そうでなによりだよ。――ところで、なにかあったのかね。私を訪ねてきてくれたらしいが、何か相談ごとかね」

 大岡越司はそう言うと、顔をやわらげた。
 越司とジュンサー警部は、昔からのおなじみなのである。

「実は先生、折り入ってお尋ねしたいことがありまして……」
「ふむ……いったいどういったことかね?」
「はっ……先生は村田十三という方をご存じではないですか?」
「おお、勿論知っている。古い友達だよ。このサトシ君にも随分と気にかけてくれてね……しかし、十三がどうかしたのかね?」
「先生。実はその村田さんが、殺害されました」

 と、ジュンサー警部が言うと、めったに動じない大岡越司の目の色が変わって椅子の上で座り直した。

「ジュンサー君、そ、それは本当かね……」
「はい、今朝がた、彼が治療を受けている部屋のベッドの上に血だらけで倒れているのを、病院の看護婦が見つけまして……」
「そうか……」

 大岡越司はがっくりと肩を落として、

「で……いま血だらけといったが、刺されたのかね……?」
「とどめが心臓へ深く……そして、体中斬りつけられておりました。駆けつけてきた娘さんに話を聞いたところ、先生のお名前が出てきましたので、報せなければと思いまして……」

 この大事に、サトシも息をのむばかりである。

「体中が斬りつけられていたと……?」
「はい。それで、先生、この事件に先生のお力添えを願えませんか?」
「君とこれからヤマブキシティへ行ってかい?」
「はい、ぜひとも……」

 大岡越司は、しばらく思案した後に、

「よし、分かった……行こう」
「あの、先生……俺も……」

 と、サトシが声をかけると、

「そうだな、君も村田には世話になったのだから、一緒に来なさい」

 そして、三人がヤマブキシティへ出掛けるところへハナコが帰ってきた。

「ああ、ハナコさん。丁度よかった……私たちこれから出かけますので……」
「まあ、どちらに……?」
「ヤマブキシティまで、帰りは遅くなるかもしれません」
「わかりました。では、夕ごはんをつくって待っています」
「行ってくるよ、母さん……」

 そうして、三人は自動車に乗ってヤマブキシティに向かっていった。

      四.

 カントー・ジョウト地方の中でもヤマブキシティは特に大都会として知られている。街の中には政治の中枢があり、多くの企業の本拠地として高層ビルディングも多く立ち並んでいる。
 そのヤマブキシティに次ぐ都市が隣接するタマムシシティであり、そこはカントー地方でも娯楽・商業が盛んな場所である。
 そのタマムシシティの表通りから引っ込んだところにある裏街にある薄汚れた一軒家、まわりには似たようなオンボロな家が多く立ち並んでいるが、ここの家の主人は並の男ではない。
 名は吉太郎という、五十がらみの、まことに温和そうな男である。
 だが、この吉太郎こそこの裏街を一手に治めている男であり、裏街に住む人々はこの吉太郎に逆らうと一日も居られないともっぱらの評判である。
 タマムシシティは以前から、治安・環境が良くないと言われているが、その理由の一つがこの裏街の存在である。
 この裏街が犯罪の巣窟となっているが、吉太郎という男がカントー・ジョウト地方で最も勢力の強い集団犯罪組織・ロケット団と繋がっていることから、たとえ警察官であったとしてもうっかり手を出せない。
 ま、こうした理由であるから、吉太郎はロケット団から血なまぐさい仕事を引き受けては、手下たちを使ってこれを遂行する。そうして吉太郎は利益を得ているわけである。
 ところで……
 村田十三が殺害された夜更けにこの吉太郎の家の戸を叩くものがあった。
 吉太郎の家は妾と、召使の男の三人で暮らしている。

「どちら様で?」

 と、召使の男が声をかけると、

「俺だ、井筒ケイゴだ……」

 と、声が返ってくると、召使の男の目から鋭い光が消えて戸を開けた。
 すると、中に入ってきたのは二十代後半の背の高い、なかなかの好男子であった。着ている服もこざっぱりとしている。

「あんた、今までどこにいっていたのだい」
作品名:真白物語 作家名:Lotus