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銀魂log...Vol.1

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アガペーとエロース(桂と銀時)



※現パロ

エロースと書き込んだ途端、指先が震えた。 頭髪の薄い、男が云う、恋愛の概念は男女の喩え話ばかりである。 成る程。 矢張りこの感情は、どこか間違っているらしい。 そう、一人得心すると、零すはずだった笑みは、嘲笑にすり替わる。 続けざまにアガペーと記せば、決して几帳面でないノートの上に出来あがる、それは常識であった。 気付きの後も、世界の様子は違わぬ。 どこもかしこも、何も変わらぬ。 白墨の文字が教授の手によって、強調されていく様を、音だけで受け入れる。 目に触れずに済んだ、愛という言葉に、胸をなでおろすことも不自由だった。 脳裏にちらつく文字が、呼吸を繰り返すにつれて、赤や金色などの色に彩られていく。 恋を知らない人でも、きっとわかるでしょうと、云われ、何がと問う前にチャイムが鳴った。

混みあった食堂に腰を降ろす。 茶色の長い髪を揺らす女に目をやれば、誰かも知らぬ男に笑んでいる。 二つ並んだ背中が、他のそれよりも近くに映った。 頬を染めるような初心を、途方もない心地で見やった。 女の細い手首にまかれたシュシュを、例えば巻いてみる。 しかし太い男の骨格は、それを拒むに違いない。 実践も要らぬ、容易い推測だった。
「どうした、銀時」
尋ねてきた男に目線をやることなく、手にしたグラスが割れるのではないかと思うほどに握りしめた。 力を込めると、掌の骨が隆起する。 白い肌のより一層白くなった部位は、骨ばっていて、どこもかしこも頑丈な様子をしている。 どうした、銀時。 繰り返すので、穴があけばよいのだ、と見つめていた女から目を離し、緑のトレーを持った男を見やる。 女のように長い髪をした男が、こちらを訝しげに見つめていた。 女のよう、華奢な肩をした男だったらよかったのかもしれぬ。 下らぬ妄念を口にする寸で堪えると、先ほどまで咀嚼していたサラダの後味さえ、忘れてしまった。 前歯の裏についた、レタスの感触は、新鮮味を忘れて、只管に苦い。
「べつに」
聊か量の多い、パスタをフォークに巻きつけていく。 端にたまった赤い、ソースを眺めれば、それが嫉妬の類によく似ているとわかる。 こんなものを抱えてしまえば、どこもかしこも薄い色をした己は、染めあがってしまうではないか。 恐ろしい危惧に身を遣られ、男の黒髪に目を映す。 好いているそれよりも随分と長く、手入れされた様子のある艶は、安い校内の明かりからでも、輝くことをやめぬ。
「なあ、ヅラ。例えば、俺が誰かを好きになったとしたらどうする」
ヅラではない、桂だと、決まり文句を口にする男の声を遮りながら、告げる。 指先は、変わらず震えていた。 脳裏にちらつくのは、禿げた教授が口にしたあれこれである。 素敵な女の子をみたら、男の子はどうなるかなんて、云わなくてもわかるでしょう。 わからない。 そう手をあげ、問えばよかった。
(口づけを交わし、セックスに及ぶのですか。 それは男女でしか、子孫が残せぬからなのですか。 むしろ、子孫を残す以外の性交に意味はあるのですか。 ないのならば、全て分担してしまえばよいのではないですか。 たとえば、男が男を好くことは、)
高杉のことか。 そう尋ねられ、口に運ぶはずだった麺は、するりとほどけてしまった。
「なんで」
「あの女子は、高杉が以前合コンで一緒に帰った子だろう」
午後の授業に向けて、人が続々と席を立つ。 愛すべきまどろみが訪れるより、先に、頭をぶたれるような感覚に目を数度回転させれば、男が笑った。 なぜ、それを知っているのだと聴けば、お前はいつもあればかり見ていると返される。 男に揶揄の様子はなく、ただぼんやりとそうなのかと問うと、そうだと、男が懸命にカレーを掬いながら云う。

「すきなのか」
洩れた言葉に、男はすっかり空になった皿を持ちあげ、笑う。
「俺がお前に云う台詞だろう」
「いや、だって、俺別にあいつなんか好きじゃねえもん」
「なら、早くそれを片してしまえ」
ぬるくなった、麺はそこらの汁を吸い、随分と太くなってしまっている。 味気のない昼食を前に溜息を零せば、男が笑む気配がするので、不快そうに顔をあげた。 女のような長い髪をしている。 しかし何処から見ても、男は、男だった。
「プラトンの饗宴を読んだことがあるか」
首を左右にふれば、男が読んでみろと云いながら、カバンをあさる。 肌色の表紙には、それより僅かに濃い文字が並んでいた。 お前こんなの何時も持ってんの。 疑問を口にするより先に、男は「いつかお前に読ませようとおもっていたのだ」 と友人らしい気遣いをして、去ってしまう。

人は昔一つであったらしい。 そこから男と男、男と女、女と女に別れてしまった。 それに出逢うために、恋をするのだと、書かれた本を手に、溜息を洩らす。 ポケットにいれたままにした、煙草は折れ曲がっていたが、構わず手にし、火をつける。 あれと同じ臭いがするだけで、満たされるような調子がする。 そう思うと、震えぬ指先で、灰を落とした。


2010/06/24


作品名:銀魂log...Vol.1 作家名:べそ