ユースティティア
シャアが監禁拘束されていた部屋は、ペンタゴンの中でも最下層に位置し、一部の人間しか知らない場所だった。
建物の中庭の下に存在していたその部屋から、シャアは持ち出してきたスマートフォン越しに表示される誘導に随って地上へと脱出した。
「さて、帰りのあしをどうするとしようか」
シャアが一人ごちると、『迎えの車が後1分ほどで到着する手はずとなっている。現場待機』とスマートフォンから返事が返ってきた。
「まさしく至れり尽くせりだな」
シャアが苦笑いをした時、視界に猛スピードでこちらへ走ってくるリムジンの姿が映った。
「おいおい。スピード違反で検挙されてしまったら無事に帰邸出来なくなってしまうのだがね」
そう言いつつも、シャアの顔は嬉しそうに綻んでいた。
『心配は無用だよ。オービスはこっちが乗っ取ってるから。あんたが通過した後にハックを解除して痕跡も消す』
先程までの神々しいまでに威厳に溢れた言葉とあまりにかけ離れた語り口に、車へ向かおうとしたシャアは思わずけつまづきそうになった。
「そのしゃべり方はカミーユ君だね。サポートをありがとう」
シャアは素直に礼を述べている間にも、運転手が猛烈なスピードで後部ドアを開けに動く。
『あいつをサポート出来るのは俺くらいなものだからさ。気にしなくていいよ。さっさと車に乗ってくれ。・・・・ああ、そのスマートフォンは車の前に捨てて。リムジンに踏んづけてもらって粉砕するから』
「了解した。ただ、光りの女神を拝めなくなるのは些か勿体ない気がするのだが・・・」
シャアはそう言いつつ液晶画面を撫でる。
『実物が待ってるのに、なに贅沢なこと言ってるのかなぁ。このおっさん』
「おっさんとは失礼な。ダンディなお兄さんと言ってもらいた・・・」
『指示に従って行動せよ! 時間がない!!』
アムロを挟んで、ある意味ライバルになりかねない相手との愚にもつかない会話を一刀両断する声がスマートフォンから流れ、シャアは慌てて指示通りにスマートフォンを車体の前輪前に置いた。
「CEO。お急ぎ下さい。この先の私設ヘリポートにジェットヘリを待機させる手配が整っております」
運転手はそう言うとシャアを後部座席へと誘導し、座ってシートベルトを固定するのを見届けるなり、猛スピードでペンタゴンを後にした。
車体の下で粉砕されたであろうスマートフォンの衝撃は、乗車している者には感じられなかった。
私設ヘリポートまでの途上において、信号に停車させられる事は一度としてなく、シャアはペンタゴンから15分でその身体を機上に預けていた。
「G−ON社屋まで一時間で到着致します」
パイロットがインカム越しにシャアとG−ONへ報告を入れる。
『航空管制はオールグリーン。最短で飛行しても支障はない。追尾しようとする機体へはジャミング発動中』
機体に搭載されている無線を通じて、アムロとおぼしき声が流れる。
「ありがとう。そして、すまない」
シャアは無線を通じてアムロへと感謝と謝罪を口にした。
しかし、その言葉に返答が返されない。
「アムロ? 怒っているのかい? 君に心配をかけた事は帰ってからいくらでも謝る。だから答えてくれないか。君の声を聞いていたいのだが・・・」
シャアは再び謝罪と要望を口にしたが、やはりそれに対する答えは返されなかった。
シャアの胸に不安感が押し寄せてくる。
(もう直ぐ二世が生まれるのでしょう?そんな時にこんな不安を与えたりしたら、母子共に危険に晒される事になりかねませんよ)
あの男の言葉が脳裏に甦り、幾度もリフレインする。
そうだ。アムロは妊娠している。そんな時にこれ程広範囲のハッカー行為をしたら・・・
「機長! 最速でG−ONへ!!」
シャアは機上で両手を強く握り締めた。