ユースティティア
それからの室内は異様な熱気の坩堝と化した。
そして、30分後
おぎゃ〜おぎゃ〜と泣く声が館に響き渡った。
「女の子よ、アムロさん。栗色の巻き毛の可愛い女の子。よく頑張ったわね」
アストライアの腕に抱えられた赤児は、小さいながらもしっかりとした目鼻立ちをしていた。
「さぁ、初乳が出なくても赤ちゃんにおっぱいを吸わせてあげて。子宮の収縮もスムーズになって後産が楽になってよ」
胸に預けられた新生児は、無意識に母親の乳房を鼻先で探る動きをする。
アムロも疲れきっていたが我が子の小さな口を乳首へと誘導した。
たどたどしい吸飲がくすぐったさを齎す。
「可愛い」
アムロの口からぽつりと零れた言葉は、愛情だけで出来上がった声音だった。
「本当に・・・。瞳の色は何色なのかしらね?」
生まれたてにしては長い睫が縁取る眼瞼は、いまだ開かない。
「眩しくて・・・開けたくない、のかも・・・」
「そうね。そうかもしれないわね。あかちゃん? 世界は素敵な彩りよ? 眼瞼を開けてお母様を見て御覧なさいな」
アストライアはそう赤児に話しかけた。
すると、母乳の出ない乳首に吸い付いていた赤児の眼瞼が震え、ゆっくりと瞳が現れてきた。
「まぁ〜〜!」
アストライアはその瞳の色に感嘆の声をあげたが、アムロは息を飲んだ。
赤児の瞳は盛夏の森のような深緑色だったのだ。
エメラルドのような、最高級の翡翠のような深緑色。その間を金色の線が放射線状に広がっている。
「私の初孫は瞳の中に金色のガーベラを持っているのね。素敵な娘さんになるわよ」
アストライアは愛しそうに嬉しそうにそう告げると、アムロを見やった。
「ありがとう、アムロさん。あの子にこんなに可愛らしい子供を授けてくれて・・・。これであの子も人の親。今以上に色々と気付き、成長する機会が与えられたのだと思いますわ。本当に、深く感謝いたします」
深々と頭を下げられて、アムロの方が慌てた。
返事を返したくても、出産の疲労で言葉を上手く返せない。
困惑するアムロにエドワルドが助け舟を出した。
「奥様。こちらを」
エドワルドが差し出したのは脳波感知キーボードのサークレットと音声変換装置。アムロはそれを装着するとアストライアに答えた。
『私の方こそ・・・。お母様。シャアが私に家族を作ってくれました。下町育ちの私を優しく受け入れてくださったお父様にお母様、アルテイシアさん。そして、血の繋がったわが子を・・・。父は無く、母の行方も知れず、一人ぼっちで凍えていた心の片隅がすっかり無くなったのは、シャアの愛情のお蔭なんです。私の方こそ、感謝の言葉もありません』
そう告げながら、アムロの琥珀の瞳からぽろぽろと水晶のような雫が零れ落ちた。
「まぁ! 泣かないで下さいな、アムロさん。貴女を泣かせたと知れたら、私があの子に叱られてしまうわ」
アストライアはアムロの涙をハンカチで拭い、頬を撫でた。
「お疲れ様でしたね。あと少し頑張ったらお休みしましょう。ああ! いけない!! わが子の誕生に立ち会えなかったあの子の機嫌をどうやって宥めるか。今から考えておかなくては・・・」
ニコニコと笑いながら話すアストライアにアムロも苦笑いし、胸に休むわが子をアムロは愛しく眺めた。
2011/03/25