ユースティティア
表情が曇ったアムロに、ミライは告げるべきではなかったかと思う。
だが、シャアのそう言った面もアムロが理解してくれていないと困るとも思う。
あのような事件は二度と起きて欲しくはないが・・・。
この愛する妹の為にも・・・
「さ、下ごしらえはこれでOKね?」
エドワルドの淹れてくれたお茶はすっかり冷めてしまったが、主婦二人は作業に熱心だった。
ミライはガラスのボウルに入ったグリーンピースと、皮を剥かれた里芋や人参を器に移し、ごみをラッピングペーパーで包んで捨てようとした。
『あ、待って、ミライさん。そのゴミ、乾燥した後に庭の家庭菜園に肥料として埋めるんです。ダストボックスに捨てないで下さい』
アムロの声にミライは驚いて目を瞠った。
「アムロ・・・このお屋敷で野菜なんて作ってるの?」
『ええ。地産地消を地で行ってるんです。このグリーンピースもお屋敷の仲間と作った物なんですよ。採り立て野菜がこんなに美味しいだなんて知らなかったって、シャアも館の皆も大喜び・・・・・・って、ミライさん? どうかしました? 変な顔・・・してますよ?』
「変な顔にもなろうってものでしょ? 財界トップの奥様が、家庭菜園で野菜作ってるなんて、他の奥様方には考えられない事だわよ」
『ええ〜? そうでもないですよ。ここに遊びに来られたご夫婦にお料理をお出しすると美味しいって仰って下さるから、作ってるってお話しすると、自分の所もやってみるから苗や育て方を教えて欲しいって相談されるもの』
「はぁ〜。世の中、変わるものだわね〜。と言うより、アムロが変えるんだわね。皆を。私が娘だった頃の政財界の奥様方なんて、使用人に全てをやらせて、自分は趣味の世界に生きてたわよ」
『私、生まれも育ちも一般市民ですもの。お金は極力最小限の消費にして、浮いた分で社会貢献に役立てた方が有意義でしょ?健康にも良いし、一石二鳥から三鳥だわ』
「アムロらしい」
二人は顔をあわせると、楽しそうに笑った。
「エドワルドさんにお茶を淹れ直してもらわなきゃいけないかしら」
ミライがそういった次の瞬間
サンルームの扉が、激しい音と共に開け放たれた。
驚いた二人が視線を向けると、入口に立っていたのは執事のエドワルドだった。
騒音を立てるとは思えない人物のその顔は、緊張と恐怖で強張り、蒼白になっている。
『エドワルド・・・さん? どうかなさったんですか?』
アムロが問いかけると、エドワルドは執事の本分を思い出したのか、表情を極力穏やかな物へと変えようと努力をした。
結果としてはあまり変えられてはいなかったが
「お、奥様。今、NY本社から大変な報告がまいりました」
『NYから? 開発部の作業に支障でも?』
「いえ・・・。どうぞ、心を落ち着けてお聞き下さい。よろしいですか?」
「落ち着かれる必要のありそうなのは、貴方のように見受けられますが?」
ミライの一言にエドワルドの肩がピクリと揺れた。
「さ、左様でございますね。あまりの事に、冷静さに欠けた行動をとっております事をお詫びいたします」
エドワルドはそう言うと、大きく深呼吸を数回繰り返した。そして、ゆっくりとアムロのもとへと歩みを進めた。
「奥様。旦那様が、何者かに拉致された由にございます。現在、セキュリティ部門が全力で犯人の解明にあったっているそうですが、今の所解明には至っておらない由にございます」
アムロの前に立ち、胸に片手を当てた状態でエドワルドが告げた内容は、サンルームを一瞬で暗闇に変える一言だった。
2011/02/16