二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

錆声

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

仙蔵

 騒がしい音とともにプリンターから吐き出される紙に目を通しながらパソコンの電源を落とす。少しの動作音の後に真っ黒になったディスプレイ。
 壁に掛けられたカレンダーを見上げた顔から小さなため息が零れる。常に計画を前倒しして早めにあげる仙蔵にしては、珍しく締め切りを少し過ぎてしまった。いつもならメールで送ってしまうのだが、今回の相手は割といい仕事を回してくれる所だ。編集部は車ならばすぐだし、持ち込みついでに謝罪の一つでも言っておくか、と考えながら仙蔵は車と玄関の鍵を手に取った。
 ただでさえ不安定な職業だ。不景気なこのご時世、仕事相手と良好な関係を築いておくことに越したことはない。今しがた出来上がったばかりの原稿が入った封筒を片手に、愛車に向かう。
 着いた出版社は定時を少し過ぎた時間らしく、浮ついたような雰囲気が漂っている。担当の編集者に原稿を渡しながら遅れたことに対して謝罪し、踵を返そうとした時に女性社員が近づいてきた。
「これからみんなでご飯でも食べに行こうって話をしていたんですけど、立花さんもどうですか?」
 僅かに頬を染めながらかけられた言葉、だが仙蔵は自業自得とはいえ睡眠を犠牲にして原稿を書き上げたばかりだ。無難な断りの言葉を返そうとしたが、
「そりゃいいな。立花、たまにはお前も付き合えよ。奢ってやるからさ」
 と言うやいなやこちらの返事も待たず、すぐに上着を羽織ってさあ行くぞといわんばかりの編集長に、断るタイミングを見失った。
 とんだ災難だ。こんなことになるなら、非常識だと思われてもメールで送ってしまえばよかった。学生時代、ことある毎に暑苦しい苦労人にさんざ一般常識だのモラルだのを説かれ、どうやら身についてしまったらしい分別があだになった。心の中で隈の濃い顔に向かって悪態をつく。もちろん現実は何一つ変わらなかった。
 仙蔵にとって、付き合いの飲み会ほどつまらないものはない。最初のうちはみな上司の顔色を伺って本音などひとかけらも零れてこないし、かといって酔いが回ってしまえば無礼講もいいところだ。正直鬱陶しい。いっそのこと一緒に酔ってしまえばいいのだろうかとも思うが、仙蔵はアルコールに対する耐性が強いようで、付き合いの飲み会程度ではまず酔わない。酔っぱらい集団の中に素面でいるくらいつまらないことはそうないだろう。
 時間とともに増えていく酔っ払いを適当にあしらい、どう抜け出すかを考えながらトイレに向かう。世間でいわれるところの自由業である仙蔵の曜日の感覚はだいぶ麻痺していたが、居酒屋の人々の浮かれた雰囲気で想像はついた。

 同じく華の金曜日を満喫するためにやってきたであろう集団のテーブルの横を通り抜けた瞬間。
「うわっ!!」
 背後で上がった焦った声とともにざわめきが一瞬やんだかと思うと、辺りが途端に騒がしくなる。その雰囲気にふと学生時代の同級生を思い出し、歩きながら自然と苦い笑みが零れた。
 不運な人間ばかりが集まるといわれている保健委員を小中高と十二年も勤め上げ、最高学年には不運委員長という不名誉な肩書きまで背負い、しかし彼のことを少しでも知っている者は誰もそれを否定できないという、まさに不運以外の何者でもなかった男。
 最後に会ったのはいつだっただろうか。いつもつるんでいた六人の中では一番古い付き合いだったはずだが、大学卒業以来会った覚えがない。今の今まで忘れていたなんて我ながら薄情だがそれも仕方ないとも思う。
 幼稚舎から大学、希望すれば院までエスカレーターで行けてしまう学校。伊作とは幼稚舎から一緒だったようだが、ちゃんと会話をして顔と名前が一致したのは、小学校に上がってからだったと記憶している。
 エスカレーターとはいえ外部に行く人間も入ってくる人間もいるし、中学高校はともかく大学にもなればその人数は比べ物にならない。そんな中で付き合いが続いていたのはひとえに共通の友人がいたからに他ならないだろう。伊作と初めて会話をしたのも、一種のトラブルメーカーである小平太あたりが関わっていた気がする。もしそれがなければお互いろくに認識もしないで卒業していたかもしれない。そう思うくらいには、私と伊作には共通点というものがなかった。話してみれば良い奴だったし、決して仲は悪くなかったが。
「あれ? 仙蔵、だよね?」
 そんなことを思いながらトイレを出たところにかけられた声に振り返れば、今まさに頭の中に浮かんでいた元同級生。流石に驚きが隠せなかった。
作品名:錆声 作家名:伊瀬