こらぼでほすと ダンス6
しっと人差し指を唇の前に立て、ニールは苦笑する。さすがに、フェルトには聞かせたくない。
「今夜は、何をするんでしたかしら? カガリ。」
「ああ、天体観測だ。テニスコートでな。」
「夜光虫も見たいです。時期でしょうか? 」
「水温が低いんで、少ないだろうが、いることはいるだろう。じゃあ、先に港へ行くか。」
話を素早く切り替えて会話を続けていると、フェルトも起き出した。まだ完全には覚めていないのか、ほわほわしている。
「水飲むか? フェルト。」
「・・うん・・・」
ミニバーからミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、コップに注いでフェルトに渡す。こくっと飲んでいる、その指に目をやると、派手な色が爪を彩っていた。
「お化粧ごっこしてたのか? 」
「・・うん・・・」
「フェルトも、すっかり大人になったな。・・・てか、俺のベッドに入るのは、そろそろやめてくれ。間違って襲ったら、どうする? 」
「襲う? 別にいいよーー。」
襲うの意味が解っているだろうか、と、ニールはコメカミを押さえる。それなのに、どっこいせ、と、ニールの片膝に座る辺り、理解していないとしか思えない態度だ。
「だから、こういうのは子供だけなんだって、フェルト。」
で、このおかん、口では注意しつつも、落ちないように支えてやっているので、襲うとかいう以前の問題だ。
「子供でいいもん。ニールにしかしてない。」
「当たり前だ。こんなこと、他のヤツにやったら襲われても文句は言えないんだからな。」
「というか、おまえもおまえだろ? ニール。フェルトに腕枕してる段階で、いろいろと問題行動だ。」
「んなこと言ったって、寝てる時の行動まで責任取れるか。阻止しろよ、カガリ。」
「止める間なんてありませんでした。フェルトが、横に座って声をかけたら、すかさず抱き込んでしまったんです。」
「え? 」
「抱き枕の扱いだったな、あれは。」
「私には抱き枕はしてくださいませんね? ママ。」
歌姫様は、たまに一緒にベッドで寝ている間柄だが、そこまでされたことはない。ニールのほうも、抱き枕扱いするのは、刹那とフェルトぐらいだと思う。無意識に守りたいと思うものなのだろう。十代から知っている刹那やフェルトには庇護欲がついてまわっている。
「おまえさんを抱き枕扱いしたら、とんでもないことになるんじゃねぇーか? 」
「同衾している段階で、それはクリアーしていると思われますが? 」
「あーごめん。気をつけるよ。」
「いえいえ、安眠のお役に立てるなら喜んで、今後も同衾してくださいませ。襲っていただいても結構ですし。」
「やるか、バカ。寝ぼけておかしなことをやりだしたら、俺を撃退してくれ。」
「お元気になられたら考えます。ママはベッドに入ると、ピーロートークもなしに寝てしまいますもの。」
まだクスリは服用しているので、飲んでしまったら熟睡してしまう。それで、襲うのは無理というものだ。
「てか、ニール。女抱けるのか? おまえ、三蔵の女房をやって長いだろ? それにハイネもいるし。」
カガリの爆弾発言に、ニールは絶句した。確かに、寺の夫夫と呼ばれているのだから、傍目には、そういうこともやっていると思われていてもしょうがない。というか、うら若き女性の言葉ではないだろうと、溜め息をひとつつく。
「・・・カガリ・・・あのな。」
「いや、やってないのは聞いているぞ。」
「だからな、カガリ。」
「カガリ、ママが発情するのは年上の胸の大きな女性です。私たちは該当枠ではありません。」
「そこじゃねぇーよ、ラクス。」
「じゃあ、スメラギさんは襲う? ニール。」
「いや、フェルト、それも違う。・・・今のところ、俺、そういう気にならないんだよ。でも、対象になるのは女性だから。」
だから、何かあったら困るのだ、と、ニールは苦笑する。苦笑するが膝の上のフェルトを下ろす気はない。見た目には、可愛い女性三人に囲まれたハーレム状態だが、それすら欲情には結びつかないのだから、そういうことだ。
「あたしの胸、大きくないモンね。」
「そのうち育つよ、フェルト。でも、フェルトは襲わないけどな。」
「うん、あたしもニールはママがいいな。」
こういうスキンシップをしてくれるのは、フェルトにはニールだけだ。この居場所はなくならないで欲しい。
「はいはい、ママでいるさ。おまえさんも、いつか、襲って欲しいって本気で思う相手ができるんだろうな。その時まではな。」
フェルトが恋をして、その相手と幸せになったら、こんなことは許されないんだろうな、と、思うと、ついつい微笑んでしまう。まだ、そういう意味ではフェルトは子供だ。
その時、内線が鳴り響いた。すぐに歌姫様が対応する。そろそろ、食事の時間だという連絡だった。
「食事だそうです。」
「そういや、腹が減ったな。ニール、どうする? 」
「どうするって? 」
「ここに運んでもらうこともできるが? 食堂に行くか? 」
「行くよ。うちの亭主、一日放置してたから、顔を出さないと叱られる。」
慰安旅行の間は、俺の世話をしろ、と、言われている。今日だけは勝手をさせてもらったので、これからは亭主の世話をするつもりだ。別荘での食事は、初日のような堅苦しいものではなくて、ビュッフェ形式で、好きなものを取って食べるので、亭主の分を用意する仕事がある。
「それでは移動しましょう。」
ラクスがニールに手を差し出す。フェルトにはカガリだ。ラクスとカガリも、今回は完全に休んでいるから顔色もいいし、雰囲気も軽い。確かに、こんな時間は必要だろう。人が争いを止めれば、こんな穏やかな時間が続くのだが、人の業は深く、争いはなくならない。せめて、自分たち周りだけでも、と、キラが願っているのも頷ける。
翌日は、よく晴れていた。午後には別荘を出ることになっている。カガリは、午前中に出発の予定だ。
「フェルト、また逢おうな? 次は夏にしてくれ。それならダイビングもできるから。」
「そうだね。予定を組む時に、できたら、そうする。」
「早めに連絡をくれ。そうしたら、私のほうも身体を空ける。」
「うん、また遊んで? 」
小首傾げて、ほんわり微笑まれると、カガリの目元が下がる。ぎゅうっと抱き締めて、「放したくない。」「結婚してくれ。」 とか、ほざいているので、おかんが空手チョップを見舞う。どこの親父だっっ、というツッコミも入っている。
「ああ、そうだ。ニール、おまえ、私と結婚しないか? 」
「はあ? 」
「おまえが嫁ならフェルトは娘だ。こんな可愛い子が娘なんて、私は嬉しすぎるぞっっ。」
「戯言ついでにプロポーズすんな。俺は亭主持ちだ。さっさと仕事に行け。キサカさんが待ってるんだろ。」
玄関の扉の向うに、キサカはクルマを用意して待っている。これから、また分刻みなスケジュールが待っているので、カガリも、この休暇が名残惜しい。
「なあ、カガリ。特区に来る時に立ち寄れよ? お好みパーリィーやろうぜ? 」
「来月ぐらいに特区に行くから、予定しておいてくれ。」
「待ってるぜ。」
作品名:こらぼでほすと ダンス6 作家名:篠義