【カイハク】NoA
そろそろと部屋から抜け出し、ガスマスクをつけたカイトを先頭に、階段を下りた。カイトはナイフを構えつつ、外を伺ってから、向かいの建物の陰に滑り込む。彼の身振りを合図に、ラッドはハクの手を取って、走り込んだ。
足下から吹き出す煙に、ラッドがびくりと身を震わせる。胸元からポケットチーフを取り出すと、口元にあてがった。
カイトは気にした様子もなく、更に先へと進んでいく。ハクとラッドも、無言でそれに続いた。
漂う霧と、煙の吹き出す微かな音。時折響く建物の軋みに、ハクは身を竦めた。
先導するカイトの背中を見つめながら、彼は信用できるのだろうかと考える。もし、これが罠だとしたら、自分とラッドには対抗する術もない。
でも、彼に頼る以外の方法もない。
絶望的な状況の中、カイトを信用するしかないのかもしれない。堂々巡りの思考は、背後から聞こえた物音に遮られた。
「ひっ!」
振り向いたハクが悲鳴を上げる。月明かりを背に、崩れた人影がこちらへ手を伸ばしていた。
恐怖に駆られ、声を上げようとした瞬間、口を手で塞がれる。
それがカイトの手だと気づいた時には、ハクは体を反転させられて、ラッドの胸に頭を押しつけられていた。ラッドの腕がきつくハクを抱きしめ、荒い呼吸と心臓の鼓動が耳に響く。
ざしゅっ、ぐしゃっ、じゅぶっ。
不快な音に、ハクは目を閉じて体を震わせた。どさりと音がして、誰かが近づいてくる気配の後、
「こっち。急いで」
カイトがくぐもった声で告げ、先頭を切って走り出す。ハクはラッドに抱えられるようにして、懸命に後をついていった。