シッポの行方
「子供扱いされても仕方ないわよ」
その日の夕方、今朝のことをはたてに話したらそんなことを言われた。
「どういうこと?」
「人んちに飯をたかりに来るなっつーことよ」
だって自炊とかめんどくさいし。それなら誰かに作ってもらうしかないじゃん。
というわけで、私インはたて宅。今日の晩ご飯はここで済ませる。
「まあまあ、そう言わずに。一人分作るのも二人分作るのも大して変わりないじゃない」
「お前がその台詞を言うな!」
ちなみに、はたてはひきこもり生活が長かったせいか、意外にも家事全般が得意である。特に料理はレパートリーが豊富で味もなかなかだ。
はたては自身の特技である『念写をする程度の能力』によって見つけた料理の画像を見て、その料理を自力で再現したりそこからヒントを得て創作料理を作ったりなど、熟練の料理人でもそうそう出来ないような真似を簡単にやってのける。食に関してはプロを越えてると言っていいだろう。
それほどの腕がありながら、売れない新聞記者なんてやってるわけだ。小料理屋でも開いた方がよっぽど稼げるだろうに。実際、そうした方がいいんじゃないかと言ってみたこともある。が、本人曰く「才能とやりたいことは別」だそうだ。
もったいない話だよ。ちったぁその才能を私にも分けてくれればいいのに。
「ま、確かに一人分も二人分も変わらないからいいけどさぁ」
はたては年季の入ったエプロンを身にまとい、携帯をいじり始めた。
で、出たー! 早速はたてさんの念写が出たでぇ! こいつぁ今晩の夕飯も期待できるでぇ!
「文ももうちょっとしっかりしなさいよね」
「はいはい、わかってるわかってる」
「んもー、そんなんじゃ椛に愛想を尽かされても知らないよ?」
「あぁん?」
なに言ってんだ、こいつは。
「椛は今じゃ結構な人気者なのよ? 椛を狙ってるやつだって何人もいるんだから」
「ふーん、世の中には物好きが多いのね」
携帯から顔を上げて、はたては私の目を見た。
「ちなみに、私もその物好きの一人よ」
「あっそ」
それがどうしたってのよ。
「……ずいぶんリアクションが薄いわね」
「そりゃ人の趣味なんて人それぞれだからね。私が口出しすることじゃないでしょ」
「そういうことを言いたいんじゃないんだけどなぁ」
再び携帯に視線を落とすはたて。
ボタンを操作するカチカチという音だけが室内に響く。なかなかいい画像が見つからないらしい。
「じゃあ」
目線はそのままで、はたて。
「文は椛が私に取られてもいいの?」
「あー、そういうことね」
なるほど、またこのパターンか。
「そもそも椛は私のものってわけじゃないわよ」
「は?」
はたてが私を頭が可哀想な人を見るような目で見てきた。しかし私から言わせてもらうと、はたての頭が可哀想だよ。
まったく、やっぱりこいつも変な勘違いをしてたわけだ。どうしてみんな私と椛が付き合ってるみたいに思っちゃうのかなぁ?
「じゃあなんで椛に世話なんてしてもらってるわけ?」
「さあ?」
「さあって」
「理由なんて知らないよ。本人に聞いたこともないしさぁ」
知りたいなら本人に聞いてくれ。
「ふーん、そっか、そうなんだ……」
私の説明に納得してくれたのか、はたては再びカチカチやりだした。
いつまで探してんだろ? そろそろお腹が減ってきた。
と思ったら、はたてが携帯をたたんだ。おお、やっと今晩の献立が決まったか。いったいどんなメニューが出てくるのかなー?
「なら、私が椛にアタックしてもかまわないわよね?」
おい、そんなメニュー聞いたことねーぞ。シェフを呼べい!
「だから椛は別に私のものじゃないって言ってるでしょ」
「かまわないわよね?」
「なんで私にそんなこと聞くの?」
「質問に答えて。……かまわないわよね?」
なんでそんなに念を押してくる? なんでそんなに私をにらむ?
くそっ、なんなんだよ。イラつくなぁ。
「……別に、かまわないわよ……だって、私と椛は……」
私と椛は、いったいなんだ?
「そっかそっかぁ、それなら安心だわ」
さっきまでの表情が嘘だったかのように、はたては上機嫌になった。
「今晩はお礼にとびっきりの料理をごちそうしてあげるわ! 期待して待ってなさいよ!」
鼻歌なんて歌いながら台所へ向かうはたて。スキップまでしやがって……イラつく。礼を言われるようなことをした覚えはねーよ。
ふん、アタックだろうが玉砕だろうが、勝手にしろってんだ。はたてが何をしようが、椛がどうしようが……そんなの、自由だろ。私には関係ない。
……関係ないさ。
数十分後、はたては宣言どおり豪華絢爛な料理の数々を食卓にずらりと並べた。そのどれもが味も見た目も間違いなく一級品だった。
でも、ちょっと味が濃すぎたな。私は薄味が好みなんだよ。