シッポの行方
ずいぶん写真が溜まっていたせいで、整理が終わった頃にはすでに日が暮れていた。
そろそろまたお腹が空いてきたなぁ。夕飯はまたはたてんち……は、やめておいて、どこかで外食するとして。
「その前にお風呂に入りたいな」
しかし、いつもなら椛が風呂の用意もしてくれているわけだが、今日は椛が来ていないわけで。
別に自力で風呂を沸かしたことがないわけじゃない。普段は椛に任せきりとはいえ、流石にそれくらいは出来る。ただ、出来るかどうかとやるかどうかは別問題なわけで……ぶっちゃけ面倒だった。
今日はそんなに汗もかいてないし、一日くらい入らなくてもいいんじゃね? と思わなくもないが、それを一度やってしまうと、ずるずると何度も繰り返して、最後には女として終わってしまうような気がする。一応ギリギリのラインは保っておきたい。
私は重い腰を上げ、風呂場へと向かった。
まずは風呂の栓を抜いて古くなった水を捨て、湯船の中をスポンジで軽くこすって汚れを落とした後、蛇口をひねって再び湯船に水を入れる。
水が徐々に溜まっていく様子を見ながら、便利な世の中になったなぁと感慨にふける。今じゃ妖怪の山でも水道が普及して全世帯上下水道完備が当然となったけど、昔は風呂に入ろうと思ったら井戸と風呂場を何往復もしなきゃならなかったもんなぁ。
そういや我が家の水道工事が終わった後、椛が蛇口をひねるだけで水が出ることに感動していたっけ……あれはもう何年前のことだったかなぁ。
「……っと」
ぼんやりとしていたらもう湯船からこぼれそうなくらい水が溜まっていた。私は慌てて蛇口を逆回転させて水を止めた。
いったん風呂場から出て、マッチと売れ残った新聞紙を手に取り、家の外にある風呂のかまどへ移動する。
かまどのすぐそばには薪と鉈が常備されている。私は数本の薪を鉈で割り、細長くなった薪をかまどの中へ放り込んだ。さらに、家の中から持ってきた新聞紙を一枚、雑巾を絞るようにひねって丸め、それもかまどの中へ。
あとはマッチを使って火を付ければいいだけなんだけど……。
「あれ?」
マッチをマッチ箱の側面でこすってもこすっても、なかなか火が付いてくれない。マッチの火を付けるのってこんなに難しかったっけ? 久々にやるとうまく出来ないもんだなぁ。椛ならすぐに付けられるのに。
その後もこすり続けることおよそ二十回。私はやっとのことでマッチを点火することに成功した。
マッチの火が消えてしまわないうちに手早く新聞紙へと火を移す。火は新聞紙を伝って薪へと辿り着き、しばらくすると薪が爆ぜる音が聞こえてきた。
「よし」
これで一段落だな。あとは湯加減を見つつ薪を足していこう。
そういや最近、核融合エネルギーを利用してお湯を出す蛇口とやらを河童が開発しているらしい。まだ実用化には至っていないみたいだけど、それがあればこんな苦労はしなくて済むのになぁ。椛だってかなり楽になるだろうに。
……なんかさっきから椛のことばっか考えてるような気がする。
いや、気のせいだな。うん、気のせいに違いない。そもそもなんで私が椛のことを考えなきゃならないんだよ。
理由がないだろ……理由が。
「……はぁ」
何故かため息が出た。
その後、私はお風呂で汗を流してから、人間の里でおいしいと評判の店で夕飯を摂った。その店の料理は確かに評判になるだけのことはあった。
でも、一人で食べる夕飯は味気なかった。
翌日も椛は来なかった。