シッポの行方
そのまた翌日、私は一本満足棒キュウリ味の感想を報告するためににとりの工房を訪れた。ついでに何か面白い物でもあったら取材もするつもりで。
しかし、ひとしきり一本満足棒の文句を言った後、いざ取材をと思った矢先、にとりに顔色を心配されてしまった。言われてみれば、なんだか疲れが溜まっているような気がする。普段やり慣れてない家事を自力でやっているせいだろうか。
にとりがその理由を聞いてきたので、私は簡単に事情を説明した。
「結婚すればいいんじゃない?」
事情を説明したらこんな返答が来たでござるの巻。いきなり何を言っちゃってるの、この子は?
「私が? 誰と?」
「射命丸さんが。犬走さんと。むしろなんでしてないの?」
「なんでってアンタ……」
こいつ、私の話を聞いてなかったのか?
「もうほとんど同棲してるようなもんじゃん。それなのに結婚しないってのは、そういうのに縛られたくないとか? それともタイミングを計ってるうちにずるずるとここまで来てしまったみたいな?」
「待て、なんで私が悪いみたいな言い方なんだ?」
おかしいだろ。私は何もしてないじゃないか。弁護士だ、弁護士を呼んでくれ。
「実際、あとはもう射命丸さんがプロポーズすればいいだけじゃん」
「いやいやいや、だからどうしてそうなる?」
意味がわからん。いるよなぁ、途中をすっ飛ばしていきなり結論に行っちゃうやつ。もっとわかりやすく説明してくれ。
「だって、誰がどう見てもお二人はラブラブだよ! ヒューヒュー熱いねぇオフタリサン!」
「236B!」
「ぐはぁ!」
ついカッとなって疾風扇を撃った。今は反省していない。だってうざかったんだもん。
「だからさぁ、私と椛はそういうのじゃないんだって」
「あいててて……そんなこと言われたって、私にはラブラブにしか見えないよ」
まだ言うか。そんなに私と椛は恋人同士に見えるのか?
百歩譲って、私と椛がそういう関係だとしよう。しかし、それならそれでわからないことがある。
「ならどうして椛は私から離れていった? どうしてはたての元へ行った?」
もし私と椛が本当にラブラブなのだとしたら、椛ははたてなんて見向きもしないはずだ。なのに私はもう三日も椛の姿を見ていない。こんなことありえないだろ。
それに対して、にとりはあっさりと答えた。
「それ、射命丸さんの勘違いだよ」
「……は?」
また意味がわからんことをぬかして。今度はいったいなんだ?
「姫海棠さんが射命丸さんに宣戦布告した翌日から犬走さんが家に来なくなった。だから犬走さんは姫海棠さんのものになった。射命丸さんはそう考えてるんだよね?」
「まあ、そうなるね」
つーか宣戦布告って。妙に物々しい言い方だな。確かにあのときのはたてはすごい眼力だったけど。
「でも射命丸さんは宣戦布告された日に姫海棠さんちで夕飯を済ませてるんだよね? となると、姫海棠さんはその日の深夜に犬走さんにアタックしたってことになるよね。いくら相手が好きだからって、普通は相手を夜中に叩き起こしてコクったりしないよ」
「あっ」
にとりの言う通りだ。はたてはそこまで非常識なやつじゃない。
私ははたての宣戦布告と椛が我が家に来なくなったことばかり気にしていて、他に目が行ってなかった。視野が狭くなってしまっていたんだ。
……ってことは。
「もしかして、椛はただ単に仕事が忙しくてウチに来れないだけ?」
「その可能性が高いね」
「……ははっ。なーんだ、そうだったのか」
すべては私の早とちりか。バカだなぁ、私は。これくらいちゃんと考えればわかることじゃないか。あのときのはたてがマジだったからってテンパりすぎだろ。
でもまあ、これで椛はどこにも行ってないってことはわかった。いや、別に私のものじゃないからどこへ行ってもいいんだけど、それはともかく、これでひとまずは安心だ。
ふと気づくと、にとりがにやにやしながらこっちを見てた。
「な、何よ?」
「射命丸さん、急に顔色が良くなったね」
「なっ!? う、うるさい!」
「んもー、射命丸さんってば照れちゃって!」
くっそー、恥ずかしい! 自分でも顔が赤くなってるのがわかるよ!
「耳まで真っ赤にして、射命丸さんもなかなか可愛いところあるじゃない。普段からそういう可愛げのあるところを見せていけばいいんだよ」
「ぬぐぐ……」
「そうすりゃ犬走さんともさらに深い仲になれるよ?」
……したり顔で言いたい放題言ってくれるじゃないの。
にとりはさっきまでの勘違いを解消してくれたから、あまり恩を仇で返すような真似はしたくないんだけど……そっちがそう来るなら切り札を出してやる!
「にとりこそ、白黒とデートするならもっとマシな場所にしなよ」
「な、なんのことさ? 私には何が何やら……」
「とぼけても無駄だ。ネタは挙がってるんだよ!」
ここに私が高々と掲げたるは、にとりが魔理沙と一緒に無縁塚で外の世界の物を探している写真。一昨日、引き出しの整理をしていたときに見つけた物だった。
写真には、にとりが嬉々として草むらの中を捜索しているのに対し、魔理沙は苦笑しながらそんなにとりを見つめている様子が写っている。
「げげっ! いつの間に撮ったの!?」
「そいつぁ企業秘密ってやつさ。それにしても、デートに無縁塚って……もっとロマンチックな場所なら他にもいくらだってあるでしょうに」
「むむ、わかってないね! 無縁塚に転がる未知の物体を発見し、分解し、解析し、そして新たな知識を創造する。これぞロマンじゃないか!」
「そういう意味じゃないんだけどなぁ」
河童には変わり者が多いけど、にとりは特にひどいな。筋金入りの変人だ。一日中ひきこもって機械とばかり向き合ってるからこんなことになってしまったのだろうか。
竹林のえーりん先生にカウンセリングをしてもらう必要があるかもしれない――と私が将来の河童界を憂えていたとき、工房のドアを開ける者がいた。
「いよう、今日はずいぶん騒がしいな」
噂をすれば影とはまさにこのことである。渦中の人物である魔理沙がそこに立っていた。
「げげっ、魔理沙!」
「いや、げげって。もしかしてお邪魔だったか?」
「いえいえ、実に良いところに来てくれました」
これは面白い展開だ。どれ、ここはにとりのために一肌脱ぎましょうかね。
うふふ、思わず営業スマイルにも力が入ってしまいますねぇ。
「いま女性がデートで行ってみたいところについてアンケートを採っていまして」
というのはもちろん出任せの嘘八百だ。でもそこは、ほら、嘘も方便ってやつです。
「よろしければ魔理沙さんも協力してくれませんか?」
「なんだ、面白そうなことやってるじゃないか。いいぜ、魔理沙さんになんでも聞いてくれ」
「ありがとうございます。では早速」
にとりの方から「テメェ余計なこと言うんじゃねーぞ」みたいな視線を感じますが、きっと気のせいでしょう。かまわず続けます。
「魔理沙さんはデートでどんなところに行きたいですか? 静かな場所、楽しい場所、ロマンチックな場所、色々とありますけど」
「デートか。そうだなぁ……やっぱり私はロマンチックな場所がいいな」