シッポの行方
魔理沙さんの口からロマンという単語が出た瞬間、にとりがピクリと反応したところを私は見逃さなかった。
にとりよ、喜ぶのはまだ早いぞ。
「ふむふむ、それは具体的にどのような場所でしょうか?」
「うーん……」
黙考すること数秒、魔理沙さんが答える。
「夜景が綺麗な場所、かな」
その瞬間、ガックリと肩を落とすにとり。ようやく世間と自分の『ロマン』の差が気づいてくれたか。世間では薄気味悪い場所でガラクタ漁りをすることをロマンチックとは言わないって、これでわかったろ?
いやぁ、いいことをした後は気持ちがいいですね!
「この山の中腹に池があるだろ。確か、大蝦蟇の池って言うんだっけ? あそこはいいぞ。下を見れば里の明かりが遠くに見えて、上を見れば星たちが瞬いてる。夜景を見るなら一番だ」
霊夢んちも夜景は綺麗だがロマンチックではないなと、魔理沙さんは締めた。
「なるほど、参考になりました。ありがとうございました」
「どういたしましてだぜ」
それにしても、魔理沙さんは男っぽい口調の割りには、意外と乙女チックな人ですね。普段の言動から考えると賑やかな場所を好むかと思ったんですが、夜景が綺麗な場所とは。人は見た目に寄りませんね。
「ところで、お前さんがこんなアンケートを採るなんて珍しいな。何か新しい企画でも考えたのか?」
おっと、そこを突っ込んできますか。ふむ、まったく考えてなかったけど、適当に誤魔化しましょうかね。
「えっと、それはですね……」
「犬走さんとのデートの参考にするんだよ!」
「なっ!?」
ここでまさかの反撃!? にとりめ、おとなしく次のデートコースでも考えていればいいものを!
「犬走? ああ、いつも山に来ると突っかかってくるあの白狼天狗か。へえ、お前さん、あいつに惚れてるのか」
「ち、違います!」
「射命丸さん、素直じゃないねぇ」
「ああ、もっと素直になった方がいいな」
二人してにやにやしやがって、チキショー! 見るな、私を見るなぁ!
「そうしないと、はたてに先を越されるぞ」
「……はい?」
今なんと? はたてのことは話していないはずなのに、何故そのことを?
「いつもは山には入ろうとするとすぐにあいつが来るのに、今日に限ってこなかったんだよ。そしたらここに来る途中、あいつとはたてが一緒にいるのを見てさぁ。買い物カゴを持ってたから、ありゃきっとどっかで仲良くお買い物だな」
「そ、そんな……」
バカな、そんなことがあるわけ……だって、椛は仕事が忙しくて……いや、違う。やっぱり違うんだ。確かに、はたてはあの日に椛と会っていないかもしれない。
じゃあ、その翌日は? この三日間にはたてと椛がどうしてた? 何もなかったなんて言い切れるか?
何もなかったなんて言い切れるはずがない。それどころか、魔理沙さんという目撃者までいる。これはもうどう考えたって……。
「まあ、それだけじゃなんとも言えないけど、文も狙ってるんだったら早く……って、どうした? 目が死んでるぞ?」
「は、はは、あはははは……」
バカだなぁ。私は正真正銘のバカだ。にとりの言葉にぬか喜びなんてして、何もしていない自分に気づかなかった……どうしようもないバカだ。
「お、おい、文? どこへ行くんだ?」
「魔理沙……今はそっとしておいてやんな」
「にとりまでなんなんだよ。いったいなんだってんだ?」
私は夢遊病にかかったかのようにふらつきながらにとりの工房を後にした。