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シッポの行方

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 新聞記者の朝は早くない。
 なるべく惰眠をむさぼり、日が昇りきった頃にのそのそと起き上がり、そして二度寝する。それが伝統の幻想ブン屋だ。だって眠いだもん仕方ないでしょ。朝は寝床でぐーぐーぐー、それが正しい妖怪のあり方である。ってけーねが言ってた。
「文さん、もう朝ですよ。そろそろ起きてください」
 だから、誰かが私を呼ぶ声がするが、それはきっと気のせいに違いない。だって椛は私のものになってない。それはこれからのことだ。だから椛はここにはいない。いないはずなんだ。
「早く起きないと朝ご飯冷めちゃいますよ」
 なのにどうして椛の声が聞こえるんだろう? これは夢だろうか。それとも、あまりの寂しさに幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか。そうか、私はそこまで追い詰められてしまっていたんだな。なんて可哀想な私、しくしく。
「……とりゃー!」
 少女のかけ声、宙を舞う布団。
「ひあぁ!」
 嗚呼、我が愛しの布団よ、どこへ行ってしまうの! ひえぇ、寒い!
「これで目は覚めましたか?」
 目の前の少女が私に問う。太陽のようにまぶしい微笑みを浮かべながら。
「……え? 椛?」
 夢じゃない。幻覚でもない。本物の椛がそこにいた。
「どうして椛がここに?」
「どうしてって、いちゃ悪いですか?」
「い、いや、悪くない」
 悪くはないが、なんでここに? はたてのことはいいのか?
「まったく、なに寝ぼけてるんですか。しっかりしてくださいよ」
「だって、その、椛……」
 はたてのことを聞きたい。聞きたいが。
「なんですか?」
 うう、いざとなると聞きづらいなぁ。まずなんて言えばいいんだ? 遠回しに「最近変わったことはなかった?」とか……いや、それじゃ答えに辿り着くまでに遠すぎるな。それじゃ「はたてにはここに来るって言ってあるの?」とか……いやいや、それじゃなんか嫌みっぽいな。もっとこう、何気なく、自然な質問をだな……。
「……? 文さん、具合でも悪いんですか? 急に黙っちゃって」
「そういうわけじゃないんだけど、なんていうか……」
「いえ、やっぱり文さん、どこかおかしいです。何か無理してるでしょう?」
 私を見つめる椛の瞳がわずかに潤んでいる。放っておけばすぐにでも涙がこぼれてしまいそうで、しかしとても力強い瞳だ。
 ぐうっ、痛い。椛の心配そうな視線が痛い。見るなよぉ、そんな目で見るなよぉ、心が痛くなるだろぉ……。
「私で良ければ何でも言ってください」
「ううっ……」
 ええい、こうなりゃ出たとこ勝負だ! 私は腹をくくったぞ!
「えっと、も、椛は、はたて、と、な、なんかあった、の?」
 腹をくくった割りにはどもりまくりの私だった。しょうがないだろチクショウ! こんなに緊張するのは生まれて初めてなんだから! 初めて新聞を作ったときだってこんなに緊張しなかったわ!
 それに対する椛の返答は――
「えっ、どうしてそのことを知ってるんですか?」
 ――であった。
 ……ああ、そうか……やっぱりそうなんだな。わかっちゃいたけど、本人の口からそれを聞かされると、ショックがでかいな。
 でもここでへこたれてる場合じゃない。昨日決めたじゃないか。
 始めるんだ。ここからがスタートなんだ。
 気合を入れ直せ、射命丸文!
「あーあ、はたてさんに料理を習ったことは秘密にしてたのに、もうバレちゃうなんて」
 そうだ、頑張るんだ! はたてに料理を習うんだ!
 ……は?
「料理?」
「ええ。はたてさんって、すっごく料理が上手なんですね。私、知りませんでした」
「え、あ、そうなんだ、ふーん」
 うん。料理がうまいことは知ってたけど。むしろこの前ごちそうになりましたけど。
 でも私の聞きたいことはそういうことじゃなくて、その、もっと具体的に……。
「それで昨日、はたてさんにほうれん草を使った料理をいくつか教えてもらったんですよ。ほうれん草嫌いな文さんでも食べられるような料理をこっそり教わって、びっくりさせようかと思ったんですけど……失敗しちゃいましたね」
 ぺろっと舌を出す椛。なんだその仕草は。萌えキャラか、お前は。
 ん、待てよ……ってことは、まさか。
「じ、じゃあ、ここ三日間ウチに来なかったのは?」
「それは前にも言ったでしょう? 仕事が忙しかったんですよ。昨日になってやっと落ち着いてくれましたけど」
「……それだけ?」
「それだけですけど?」
 他に何があるんです? とでも言いたげに、椛が首をかしげた。
 私は思わず頭を抱えてしまった。なんだこれ……これって結局また勘違いなの? そうなの? そういうことなの?
 椛はそんな私の様子を不思議そうに見て、しばし黙考した後、何かを見つけたかのようにピンと耳を立てた。
「ははーん、文さん、もしかして、私とはたてさんに何かあったと思ってました?」
「お、おまっ! ちげーし! 別にそんなこと思ってねーし!」
 だからそんなににやにやするな! にやにやするなよぅ!
 くそっ、なんだよ。三日間も頭を悩ませ続けたのは無駄だったってことか。心配して損したよ!
 ……いや、損だけってわけでもないか。この三日間で色々と気づけたこともあったし。
 無駄ではなかった。今ではそう思える。
 ま、結果オーライってやつかな。
「まあ、実際なにかありましたよ。料理を教わってるとき、はたてさんに告白されました。付き合ってくださいと」
「なっ!?」
 おい、やっぱり何かあったのかよ! もういい加減にしてくれ!
「でも、もちろんお断りしましたよ」
「な、なんっ……!?」
 なにこれ、超展開すぎる。そろそろ脳みそがついていけないよ? むしろもうついていけなくなっていいよね?
「だって、私には文さんがいますから……」
 完全に思考が停止した。
「ってなに言わせてるんですか、もう! 恥ずかしいじゃないですか!」
 と言って、頬を赤く染めながらバシバシと私をはたく椛。
 あの、痛い、椛さん痛いです。はたく強さが、ちょっと、痛いって!
「痛っ! 椛、痛い!」
 でもおかげで頭が強制的に再起動された。
 そっか……椛は断ったのか……そっか。
「あっ、ごめんなさい。私ったらつい力が……で、でも文さんが悪いんですからね!」
「ああ、悪かったよ。ごめんな」
「わ、わかればいいんですよ」
 それっきり、私も椛も何も言わなかった。何を言えばいいかわからず、黙り込んでしまった。庭先の雀だけがずいぶんとおしゃべりだった。
 でも、これも悪くないと思った。
 ずっと二人だけの時間が続けばいいのに。
「あの、それじゃ私は先に居間で待ってますから」
 しかし、それも長くは続かなかった。先に沈黙を破ったのは椛だった。
 椛は足早に部屋から立ち去ろうとした。
「ねえ」
 私はその背中を呼び止めた。
「な、なんですか?」
 ……思わず呼び止めてしまったが、どうしよう。何を言うのかまったく考えていなかった。
「あのさ……」
 いやまあ、はっきりと「好きだ」って言ってしまえばいいってのはわかってるんだけど、やっぱりそれは恥ずかしいっつーか、踏ん切りが付かないっつーか……おい、誰だ今ヘタレっつったやつは? そのとおりだよチクショウ!
 だから。
作品名:シッポの行方 作家名:ヘコヘコ