Wizard//Magica Infinity −1−
本気でチーズケーキを作ろうとしていた瞬平を止め、俺たち4人組は学校を出る。直射日光が容赦無く降り注がれ一瞬で身体中から汗が流れ始めた。
「うっ…」
「ほらコヨミ、この帽子でもかぶってろよ」
俺は自分の帽子をコヨミの頭へとかぶせてやる。流石に女の子にとってはこの直射日光は厳しいだろう。
「ありがとう、ハルト」
「どういたしまして」
そのまま俺たちは校門とは反対側に歩き始めた。
この学校は金網に囲まれているが、校舎の裏にある焼却炉の目の前に外へと抜けられる空間があるのだ。おそらく管理人のおじさんの為にあるのだろう。
誰にも見つからずそこを通り抜け、少し歩くと人が一人通れるぐらいに作られた道が設けられていた。
「さあて、張り切って行くわよ!」
「り、凛子さぁん…本当に行くんですか?なんか薄暗いし…その…見つかったりとかしたら…」
「おいおい、瞬平。今までも同じようなこと何回もしてきただろ。何を今更ビビってるんだよ」
「ハルト先輩っ!!僕ぁ…び、ビビってなんかいません!ただちょっとおっかないだけですぅ!」
「それをビビっているというのよ」
足がもの凄い勢いで震えている瞬平を無理やり引きずり俺たちは山道を歩き始めた。初っ端から急斜面が続き開始数分で早くも疲れが生じる。
「あ~…だるい。凛子ちゃん、あとどれぐらい?」
「何いってるのよハルトくん。まだ1時間以上は歩くわよ?」
「おいおいマジか…」
「1時間!!?凛子さん!僕聞いてませんよ!!」
「だらしないわね瞬平くん!男の子でしょ!?」
「無理です!!そんなに沢山歩けません!!」
「しっかたないわねぇ。だったら何か楽しいことでも考えながら歩きなさい」
「あ、それ良いですね!」
そう言うと今まで最後尾だった瞬平は腕を組み何かを考え始めながら歩く。するとどうだろうか。今まで先導を切っていた凛子ちゃんを追い抜きぐんぐんと俺たちとの距離を開けていった。
「どこまで単純なの、瞬平は」
「あぁ、馬鹿だな」
歩き始めて30分が過ぎた頃、周りの景色が一変した。木々だらけの風景から変わり広い草原へと出た。河が流れ、さらには様々な種類の花が咲いている。
「綺麗…あ、見てハルト!あそこに魚がいる!」
「どれどれ…えっと、なんだったかな…名前忘れた」
「上手く生地を焼き上げるにはオーブンの余熱が最もポイントとなってくるから…」
「瞬平くんは一体どんなこと考えているの?ていうか、まだそれ続いてたの?」
珍しく呆れる凛子ちゃんを見て俺とコヨミは失笑してしまった。俺たちは周りの景色を楽しみながら歩くスピードを下げることなくさらに奥へと進んでいく。
「ねえハルトくん。探検部の活動は楽しい?」
「えっ何?いきなりどうしたのさ」
「なんとなくね。で、私が質問したのだけど、どう?」
「そうだね…つまらなくは、ない。楽しいよ」
そうだ。何も無いより、こうして皆でくだらないことをやったほうが楽しいに決まっている。実際のところ、俺が本気でやりたいことなんて考えたことがない。いや、考えつかないと言い切った方がよいかもしれない。
1年前、それまで俺とコヨミは二人だけの世界を作っていた。
全ての事をシャットダウンし、俺たち二人だけの世界観を広げていた。
何の夢も希望も持たなかった。ただ、俺の隣にコヨミが居ただけで満足していた。
コヨミもそれを望んでいた。
だから何も苦しいことなんてなかった。
そんな時、俺たちの目の前に凛子ちゃんが現れた。
両親の仕事の関係上、この面影村に転校してきたのだ。
最初はやはりこの村の独特な雰囲気になれなかったらしい。説明したとおり、この村には俺たちみたいな子供と老人方しか居ない。活気なんてものは無に等しく、教室の片隅で数人が集まり何の変哲もない世間話をしている程度だった。そんな中に部外者が入ればどういうことになるだろうか。ほとんどの生徒はその部外なものを押しのけ、再び自分達の世界観を創りだすだろう。
だが、そんなことで終わる彼女ではなかった。
とある休み時間、凛子ちゃんは学校の放送室を独占して全生徒にこう呼びかけた。
−あなたたち!今の日常で満足しているの?自分を変えたいと思うのなら、私に着いてきて!−
その校内放送を聞いた俺は自分の中の何かがはじけた。モノクロだった世界が一瞬でカラフルになる。俺は居てもたってもいられずコヨミの手を引き放送室へと走り出した。
息を切らしながら放送室のドアを開けると2、3人の先生に捕まりながらも必死にもがく凛子ちゃんの姿があった。
−あっ…−
−離してよっ!!おっ…ついに見つけた、同士!−
そこから、俺たちの新たな物語が始まった。
それからは波乱万丈な日々が待ち受けていた。
凛子ちゃんは突然何かを思いつき、ゲームを始める。競走や缶けり、縄跳びとかそんな程度だが。けどどれも本気で勝負してくる。そうなると俺も黙っちゃいない。俺は必死に彼女と太刀打ちする。大体の勝負が引き分け、悪く言えば俺の完敗だ。
そんな俺に凛子ちゃんは罰ゲームを指示する。
それは隣の家の柿の木から実を全て取ってこいとか、テストの回答用紙を盗んでこい…とか、限度を超えた指令を出してくるのだ。
だが、そんな日常に俺は快感を覚えた。次第に内気だったコヨミはなんと自分から凛子ちゃんに話しかけられるまで成長した。
そしてどこで出会ったのかは不明だが突如無理やり連れてきた瞬平を仲間に引き入れ、俺たちの世界はこの1年間で一気に広がっていったのだ。
「今思えばさ、あの時、凛子ちゃんに出会って俺は良かったと思うんだ。もしあの放送を聞いて動かなかったら、今も俺はずっと何も知らないまま生きてきただろうな」
「そっか…よかった。けどねハルトくん。あなたはまだ知らないことが沢山あるわよ?」
「え?」
「あなた、この村から出たことないでしょ?外の世界はね、あなたが知らないことで満ち溢れている。私はあなたに知ってほしい。いずれは私に頼らず、自分から進んで色々な世界を知って欲しいのよ」
「あっ…」
そっか、なんとなく解った。
凛子ちゃんが俺に訴えていた事。
凛子ちゃんは、俺に知って欲しいんだ。世界がどれだけ広いのかを。
それだけじゃない。この一瞬、この時という時間の重さ、大切さ。
俺は、この時間を生きている。
俺が俺という世界を作り上げている。
残したい…。
俺の歩いた道を、形にしたい。
「あれ…ハルト先輩!なにか水の音が聞こえてきませんか!?」
「川が近くにあるだろ」
「違いますよ!もっと大きな…水が高いところから流れ落ちる音です!」
「まさか…凛子ちゃん!」
「えぇ!もう近いわ!」
瞬平の証言を便りに俺は走り出す。
それに続いて凛子ちゃん、瞬平が続く。
「ハルトっ…あ…」
次第に証言は現実になる。
俺はさらに走った。
胸の高鳴りを抑えきれず、音が聞こえてくる方向へと休むことなく走る。
すると…
「はぁっはぁっ…あ」
「待ってくださいよハルトせんぱ~いっ!…おっおぉぉぉ!!!!」
「ついたわね…ここよ」
「はぁ…はぁ…」
その光景は忘れられない。
林のなかにひっそりとそびえ立つ大きな壁。
作品名:Wizard//Magica Infinity −1− 作家名:a-o-w