彗クロ 4
けれどもう、三年だ。漠然と希望を捨てずにいられた二年は得難い奇跡とともに終わりを告げ、諦念と悔恨にまみれた一年は報いを求めて別のものへと変質を遂げようとしている。喪失を認められず、居もしない神に祈るような不毛の日々が、もう三年。
このまま延々と『彼』に囚われ、『彼』という過去を手前勝手な執着に絆し続けることは、誰のためにもならないのではないか……
それが、口に出してはなかなか言えない、けれど偽らざる本音だった。
もとより『メリル』の性(しょう)はどこまでも陽性だ。いつまでも不健全な思考の沼に身を浸し甘んじてもいられない。わずかなりと変化の片鱗を見出してしまえば、それを足がかりに、膠着した現実を打破することに全力を上げることをいとわない、そういう性格だ。その点、負より正の感情に相性のいいガイと、相通じるところがある。
そう。立ち止まってなどいられないのだ。それを思い知る必要がある。誰も彼も。『メリル』も『アッシュ』も。
『ルーク』に、救われた世界を、託された人間として。
すっかり乾いてしまった瞳をゆっくりと閉ざし、『メリル』は自嘲した。
「……などと綺麗事を言ってみても、まるで行動が伴わないのですから、困ったものですわ。ふふ、わがままついでに、将軍、先ほどのわたくしの言葉、きちんと記憶に留めておいてくださいね。そしてわたくしがまた欲望に負けて愚かを働こうとした時は、どうか、容赦なく窘めてくださいませ」
茶目っ気たっぷりにぱちりとウインクを送ってみせれば、セシルは初めて口元をほころばせ、慇懃に頭を下げた。
「……小臣に無体を仰る。しかしそれが私の役回りと思し召すなら、喜んでお引き受けいたしましょう」
「約束ですわよ? ……ふふふ、ずいぶんと久しぶりですわ、こんな晴れやかな気分。勇気を出して、本当に良かった」
マルクト帝とその使者の恩情によってもたらされた僥倖の夜。婚約者への遠慮、隠し事を抱える罪悪感、なにより、否応なき過去との対面――自分はこんなにも臆病だったのかと目眩を覚えるほど、『メリル』は怖じた。
あの小さな子供に声をかける、たったそれだけのことに、どれほど奮起を要したことか。『メリル』というペテンを用いることに、どれほど躊躇を覚えたことか。やけっぱちの勢いでこちらのペースに巻き込んではみたものの、結局は緊張のあまり踏み込んだ話題どころかろくな会話もできず、何一つ確信は得られぬまま。成果と呼べる確たる事物は、この手にひとかけらも残っていない。
それでも不思議と、後悔はこの胸にない。たった一夜限りの救いであったとしても、曇りなく澄み切ったこの気持ちは、本物だった。
「今は、あの子が自由を謳歌する時間を、わすかでも引き延ばして差し上げたい。綺麗事のように聞こえても、この気持ちに嘘はありません。ですから将軍、勝手なこととは思いますが、この件は――」
「承知しております。口外は一切いたしません。以後、同様の任務の際は、是非また私にご用命ください」
「そう言っていただけると助かりますわ。頼りにさせていただきます。……本当にありがとう、セシル将軍」
「そんな、改まらないでください。私はただ……」
心からの感謝に、『メリル』は丁寧に腰を折った。セシルは困ったような微苦笑で取りなそうとして、ふと笑みを消し、もう一度視線を馳せた。いずことも知れぬ遠く、バチカルの夜の向こう側へと。
「……私も、奇跡というものが本当に存在するのなら、その瞬間をこの目で確かめたいと、そう、願っているだけですから」