manjusaka
「―――きつい、よな。大丈夫か、おまえ」
突然降ってきた声。アイオリアが目の前でしゃがみ込みながら、シャカに声を掛けてきたのだ。困惑気味の表情は恐らく、シャカに声をかけるまでアイオリアが数分の時を要したのだろうとシャカは推測した。
「来ていたのかね、アイオリア」
姿勢はそのままに顔を少し上げる。
「ああ。でも瞑想中だったみたいだから、声をかけるべきかどうか、少し迷った。随分と深くまで潜っているようだったから」
「きみは……あまり好きではなかったな」
深い瞑想は「まるで生気のない蝋人形みたいで怖い」とその昔、アイオリアに言われたことがあったのを思い出す。実際、身体的には死に近い状況まで追い込んでいるのだろうが、精神的には誕生に近いといってもいい。何もないクリアな世界。
「傍から見ていれば不安になるさ。俺だけじゃなくて、あのサガだって―――っ、すまん」
組んでいた結跏趺坐を解き、ゆっくりと立ち上がる。言い淀むアイオリアに向かって僅かに口端を上げる。
「確かにそうだったな、あの人も。それよりも……ほんとうによく降る雨だ。いい加減この湿っぽさにも飽きたが。これも海皇の仕業かね」
サガの名を口にするのは何故だか憚られた。何かが壊れていきそうな気がしたのだ。触れられたくなくて話を反らす。
「え?ああ、らしいな。色々と動いている。おまえにも動いてもらいたいってムウが……」
「悪いが、私は動けぬ」
「何故だ?」
「もうすぐ、沙羅の花が咲きそうなのだよ」
「は?花が咲くのと一体どういう関係があるんだ?」
「連綿と紡がれたバルゴの願いが託された大切な花。私は見事、咲かさねばならない。それが私のバルゴとしての役目だ、アイオリア」
今となっては唯一この聖域とシャカを繋ぐ鎖ともいえる。
「花の守り人か、おまえが?はは、そりゃいいな。今度、見せてくれ。さぞかし綺麗だろうな」
冗談めいた話に軽口を叩きながら、アイオリアは屈託のない笑みを浮かべた。
「さぁ……それはどうであろうな……」
曖昧に笑んでみせた。きっと心奪われるほど美しい景色なのだろう。残酷なほどに。それだけは確信が持てた。
「っ!―――どういうつもりか」
不意にシャカはうっすらと浮かべた笑みを消し、表情を硬くした。一瞬にして冷えた空気を纏い剣呑さが増すシャカにアイオリアが戸惑う。
「へ、何だ?シャカ?」
「いや、きみではない。アイオリア」
そう言い捨てて、シャカはスッとアイオリアの前から姿を消した。煙に巻かれたアイオリアはただ茫然とその場で佇んでいたが、「ま、いつものことか」と気を取り直して、自宮へと足を向けた。