manjusaka
此岸ノ黄昏 5
一歩、また一歩と女神の正義を背負いながら、青銅聖闘士の少年たちが駆け上がってくる。
障壁としての黄金聖闘士たちの実力を疑うことなどなかった。しかし、大いなる女神の力は未熟な少年たちを守り、黄金聖闘士たちを一人、また一人と打ち破っていった。
じわじわと迫る危機感。だが、一方では心の奥底で密やかにほくそ笑むおのれがいた。
敗れゆく、最強であるはずの黄金聖闘士たち。聖域の威が脆く崩れ去っていくこの瞬間をずっと、ずっと私は願い、想い描き続けてきたのだ。愕然としながらも奥底から湧き上がってくる、打ち震えるような喜びに恍惚としている。
いつから狂ってしまったのだろう。
いや……最初から狂っていたのだろう。
「ああ……そして、ようやく……ようやく、果たされる」
次に彼らが迫る第六の宮。その主たるシャカが静かに小宇宙を高めているのを教皇宮の奥にあっても感じられた。
邪魔にならぬよう、そっと忍び込むように注意を払いながら、最大漏らさずシャカの小宇宙を感じつつ、自らも集中する。
シャカは内から溢れ出る黄金の小宇宙に満たされていた。厚い雲から差す一筋の光に導かれるようにして、我が身さえも浸されていくような気がした。
あの蠢く闇の中でただ一人、埋もれていた幼子がこんなにも力強く「生」に満ちた光を発している。柔らかな陽の温もりを届ける春風のような優しさに、その場にはいない我が身さえも包みこんでいくようにして。
それは凍った時を融かしていくような気さえした。
「だが……もう、遅い」
仮面の下で涙が頬を伝い落ちていく。今になって惜しむ命。救いたいと願ったのは『事実』。けれども、その命すらも奪いたいと願ったのが……『真実』なのだから。
長き時を刻みながら、ようやく果たされる復讐劇。ただ私は高みから指を咥えて静観すればいいだけなのだ。たとえシャカでも叶わないはずである。真の女神の威光には。
女神の下僕たるバルゴならばこそ、きっと、必ず、その身は地に平伏すのだ。
幾度となく押し寄せる胸を引き裂かれるような痛みに苛まれながらも、沈黙のまま直視する。本来ならば格の違うはずの黄金聖闘士と青銅聖闘士たちとの闘いが、予想外の展開を成していくさまを。
恐ろしいまでに研ぎ澄まされ、完成された美しいシャカの技。圧倒的優位を誇る筈の力が無残にもへし折られ、粉々に引き千切られていくのを見つめ続けることは拷問に等しいことだった。
不死鳥座の一輝との死闘の果てに消失したシャカの小宇宙。残されたバルゴの聖衣だけが悲しく祈る姿があった。
「―――ああ。これでやっとおまえは……」
やっと。
やっと、バルゴからシャカが開放されたのだ。
正義のサガをシャカは信じ続けながら、裏切りを知らずにこの世界から解き放たれたのだ。歓喜するべきことのはずだった。けれども、耐え難いばかりの苦痛が責め押し寄せてくるのだ。覆う仮面を投げ捨て、滲む景色に目を細めれば、涙が張力を失って、次から次へと滴り落ちた。
「なぜ、なぜ……あのようなことを――」
教皇は正義だとシャカは言った。残酷な一面を知りながら、教皇を騙る偽物である私に挑みながら、シャカはなぜ庇うような物言いをしたのか。
サガだけではなく、教皇として生きる今のわたしすらも、正義なのだと……。
もう、その答えが明かされる時は来ないのだろう。
シャカのいない世界が……始まるのだ。